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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
陶芸教室、梨畑の稲わら敷き
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     2018.12.19(水)晴れ時々曇り。今朝の起床は6時半だった。昨夜の飲みのあとはまだ寝ていたかった。若干飲み過ぎたかなという感触が残った。だが、今日は不燃ごみの日で搬出予定があった。

     搬出量は少量だった。立ち当番は一人で、営農組合員だった。労いの声を掛けて東の空を指さした。そこには再び静止衛星が一段と強い光を放っていた。星座にない輝きだと説明した。つまり静止衛星だ。この間全く見えないことがあった。それで移動させたかなと勝手な解釈をしていた。だが、その原因は単に雲に隠れただけのようだ。

     

    ☆飲み薬の過大な影響

     

     昨夜、酔って帰宅した関係で毎夕食後に飲む薬を飲み忘れた。前立腺肥大用の薬だ。そこで、試しにという気持ちが湧いて朝食後に飲んでみた。すると、暫くして眠気や、車酔いのような違和感に襲われた。昨夜の飲みの影響が遅れて出て来たかのように感じていたが、夕方までこの感覚が抜けなかった。暫くしゃがんでから立ち上がると眩暈がしそうな気分になった。普段感じたことのない気持ちの悪さを引きずった。

     

     よくよく考えてみた。飲む薬が効く仕組みは交感神経の抑制にあった。これが原因ではないかと思い至ったのだ。処方箋には、毎夕食後とある。後は寝るだけの状態で飲む指示だ。薬局で聞いたとき、飲み忘れても寝るまでならOKという説明を受けた。それは、寝ている間には薬効の影響を気にしなくてもよいということだった。生活面では、生じた影響が何らかの支障をもたらす恐れがあるから夕食後の服用になっていた。処方箋通りに薬は飲まなければならない。

     交感神経の働きを抑制すると、車酔いのような気分になると初めて知らされた。

     

    ☆陶芸教室

     

     今日は好天で午後は農作業をしたかった。梨畑だ。それに、午後1時に来客がある。そのため、今日も午前中で引き上げることにした。あられも、夕刻の用事を考え同じく午前中だけ参加した。

     

     時間を考えて、コーヒーカップ1個のみ製作した。これまでのものとデザインを変えて取り組んだ。予め、少なめの粘土を切り取り、玉づくりで臨んだ。(写真はなし)

     特に問題がなく、早々と仕上げることが出来た。この先は、教室での雑用やあられの製作の補助などをしながら時を過ごした。正午前に帰宅した。

     

    ☆来客を迎える

     

     午後1時に自宅前で迎えて、私の軽トラックで柿畑まで案内した。枝に残る柿がまだ沢山ある中で、軟化してない実を探して収穫し、持ち帰ってもらった。折角の果実であり、役に立てた。

     

    ☆梨畑へ

     

     長男が、それを意識して言葉にしていたとあられに聞いた。来客を送ってから二人で梨畑へ向かった。長男には、若干の野焼きと梨の樹皮剝きを頼んだ。私は、圃場の入り口に積んだままの稲わらのロールを樹木の周りに敷いた。15,6ロールあった。これを大中小5本の木の周りに敷く。藁のロールは雨に濡れて重くなっていた。地面との接地面は腐り始めている。これを転がして運び、ロールを解いて広げる。稲わらは雑草押さえになり、最終的に有機肥料になる。この作業は1時間余りで終わったが、体力の消耗が激しかった。交感神経抑制剤の影響もあって、剪定作業にまで向かう気力がなくなった。

     

    ☆猪の狼藉

     

     相変わらず猪の出入りが激しい。罠を確認すると、既に弾けていた。罠の効きが悪い原因は、長い日数のうちに雨で土を被りばねの力が弱まっていたのだと思う。罠を一旦二つとも外した。

     稲わらの束を幾つかバラバラにしていた。中に混ざった稲穂を探してかじっているようだ。あちこちに深い穴が開く。ミミズではなかった。何かの植物の根か芋を掘ったようだ。新たな獣道が見つかった。そんなこんなで、今や梨畑は蹂躙されている。罠を仕掛け直して対処しなければならない。

     体力と気力の限界で作業を止めて帰宅した。今日は気温が上昇して、日中は1枚上着を脱いでも寒さを感じなかった。入浴後食事を済ませるとようやく体調が落ち着いてきた。タケ

    | 趣味 | 20:28 | comments(0) | - | - |
    同級生の葬儀、農事組合長会議、農政委員会
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       2018.12.18(火)曇り時々晴れ。一歩一歩と年末に近づく。遥か先のことのように思っていた行事や日程が間近に迫る。そんな中で突然、同級生の逝去に遭遇した。今朝が葬儀の日取りだった。

       夜半に雷鳴が轟いた。轟音で、しかも遠ざかったりまた近づいたりして目が覚めてしまった。

       

      ☆同級生の葬儀

       

       別の同級生と参列を示し合わせていた。10時開始で、9時過ぎに出かけた。10分余りの距離だったが、広くない葬儀場の駐車場が埋まる前に到着したかった。葬儀場に到着した時、同じタイミングで別の同級生が車から降りてきた。「早いな」と声を掛けると、「駐車場が埋まる前に、、、、」という返事が返ってきた。

       

       故人は、美術分野で、県中部は勿論県下でも知名度の高い名士の一人であり、その功績に相応しい葬儀だった。会場に入ると故人の奥さんに挨拶をする。初対面の方だったが、何度か自宅に電話をして声だけは聞いたことがあった。

       15日に開催されたフォーラムには、本人が参加したかったようだが果たせなかったという話も聞かされた。6年後には県立美術館が建設される。それを待てずに逝った早すぎる死だった。

       

       会場でもう一人、別の同級生に遭った。3人が並んで最前列に座る。焼香が煙たかった。話が来年開催予定の同級会に及び、出席の確約を得たことが一つの成果だった。存命中の母親のことや、私の製作活動のことなど待ち時間に語り合った。

       葬儀は心持ち長く掛かった。お経自体が長かったように思う。喪主の奥さんが、遺族代表で挨拶されたあと、私は先に失礼した。

       

      ☆農事組合長会議

       

       13時という微妙な時間に開始した。会場に早めに到着すると、既に何人かが先着していた。資料に目を通しながら待つ。

       開始早々の常務からの挨拶は歯切れが悪かった。農家ではなく、農協を取り巻く環境の激化を語り始めた。まるで対応不足があっても止むを得ないと言わんばかりの口ぶりだった。これにはさすがに違和感を感じた。

       

       その後会議は淡々と進行して、議事をすべて終えるまでにそれほど時間が掛からなかった。最後に質疑になった。今日、私はどうしても述べたいことがあった。話は、ライスセンターの利用料金のことだ。具体的には、乾燥代だが、籾の水分量に応じた費用の単価の見直しを申し入れるものだった。

       話の詳細は省くが、これに対して農協からの回答には、コストの増加が当然のように述べられたが、その根本原因は、荷受する米の総量の減少で、収入源の傾向が続いているという。従って、このままではライスセンターの統合なども視野に入れざるを得ない。施設の老朽化が進行すれば修理費用も発生する。こうした話を聞けば反論も空しくなる。

       

       取り敢えず、目先の問題として、何故荷受量が減ったのか原因分析が必要ではないかと指摘した。生産農家の農協離れがあるのか、耕作放棄が進んでいるのか、原因不明のままでは話にもならない。耕作放棄の問題は農業委員会でも取り組んではいるが、農協も関わりを持つべきではないかと思う。

       

       最後に、人手不足が語られた。追加雇用をしようとしても、地域内での応募者が少なく必要数を充足していないという。人が集まらない理由は何か、そこまで遡って再検討が必要だろう。会議時間は短く、早めに帰宅することが出来た。

       

      ☆農政委員会

       

       夕刻6時から農政委員会と忘年会を開催した。行きだけ長男に送ってもらった。

       今日の議題は、第7回青年農業者研修会の運営を話し合う。基本的な項目について方針を決定して早速手配関係に移る必要があった。

       

       一通りの説明を済ませた後で意見を求める。だが、時間の関係もあって、委員長案に委ねるということになった。用意した内容を説明して、概ね決定した。懇親会に移行する。今年度も回数を重ねて苦労したことを振り返り、話が弾んだ。

       

      ☆二次会

       

       会の終了時、ある委員から誘いを受けた。もう一人の委員と3人で近くのJR駅に走り、折しも到着したばかりの列車に飛び乗った。

       誘われた店に入る。初めて来る店だったが、その店のママさんが初めてではないと言う。私には店の記憶がない。だが、そういわれてみるとどこかで会ったような気がする。ママさんは私に遭っていることを強調する。「どこか違うところで遭ったのでは?店の仕事以外の場所で。」「農協主催の農業塾には毎月通っていますよ。」じっと考えてみると、かすかな記憶が蘇ってきた。「3年くらい前に2年間、私も農業塾に通っていた。ひょってして、その当時赤い車に乗っていた?」「そう赤い車、今は白い車だが。」それで訳が分かった。農業塾で毎月顔を合わせていたために、記憶が残っていたということだった。農協の試験場に赤い車でやって来る人が一人だけ居てかなり目立っていた。

       

       誘ってくれた委員を中心に1時間余り飲んで帰途に就いた。帰宅するとまだ11時にはなっていなかった。だが、酒量が進んでいた。タケ

       

      | 農業 | 15:48 | comments(0) | - | - |
      梅の剪定終了
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         2018.12.17(月)曇り時々雨。今日は、天気がころころと変わる日だった。とにかく早く梅畑での作業を切り上げたかった。

         

        ☆早朝の来客

         

         少し寝坊して起床、歯磨きなどをしているとき来客があった。営農組合の役員だった。昨日支払った労賃の額が自分の計算より多いという話だった。提出された作業日誌できちんと計算した結果だと念を押したが、本人の考え方というものを改めて示された。

         今年度の決算が3年間で最も厳しくなると予想されるため、そうした状況を踏まえた申し出だろうと理解した。足りないというなら新たな議論をしなければならないが、そうでなければそのまま受け入れても本人の納得があれば問題がないと考えた。「いろいろお気遣い戴いて済みません。」と謝意を示した。

         全く予想外の出来事だった。生産組合に対する一人一人の思いも様々だが、快く受け入れられる話だけに、爽やかな気分で朝を迎えることが出来た。勿論これは組合員には公にする話ではない。

         

        ☆梅畑へ

         

         二つのことが残っていた。まず、剪定した枝の片づけが一つ、そして、長男が集めている竹の筒の必要数を充足することだ。午後には雷雨だと予報されて、午前中だけでも作業の進捗を考えた。

         圃場に入って目に付いたことがある。一本の木の根元辺りの土が深く深く掘られていた。猪の仕業だ。掘ってどけられた土を穴の中に戻す。猪のエサになるものは何もないはずだが、あとはミミズしかない。

         

         作業開始とともに長男が野焼きを始めたが、朝露で湿った竹の葉や枝はなかなか燃えなかった。時間が掛かっていた。

         私は、切り落とした枝を集め、切り揃え、束に積み重ねた。昨年までに比べると量が少なく、午前中でほぼ集め終えた。

         

         竹の筒集めはあまり進まなかった。太さと長さを決めている関係で、相応しいものが少ないからだ。全体の作業に関係のない周辺部の竹を切り、枝を払っていると雨が降り始めた。天気予報より早めの降雨だった。それで作業を中断した。

         

         帰宅すると、あられが公務で出かける体制だった。昼食を摂りすぐに出かけて行った。

         

        ☆再び梅林へ

         

         午後は雷雨との予報で、自宅で昼寝でもと思っていた。ところが、一休みするうちに空が晴れて日が射して来た。作業を終えたいという気持ちが動き、長男を誘い再び梅畑へ出かけることにした。

         

         野焼きは、勢いよく燃えた。目障りな竹を私が切り倒す。長男は、野焼きの合間に竹の筒集めをする。暫くして雨が降り始めた。またここで中断かと思ううちに雨はやむ。そこから再びそれぞれの作業を続けた。長男が竹の筒を必要数集めた段階で声を上げた。それを合図に帰宅した。次の作業としては、梨の剪定などに取り掛かる。ようやく梨の番が来たという思いだが、一方で梨の剪定は技術的な面で迷いがあった。あの枝をああしようか、こうしようかと梨畑を訪れる度に思いが交錯していた。まあ、「迷ったらイチかバチか」とかつて母親が言っていた。

         

        ☆大根の安値

         

         帰宅するとあられが既に帰宅していた。正月用の品を買うという。私は、ネットで注文した写真のプリントを引き取る。夕刻、二人で出掛けた。ディスカウントショップで野菜をいくつか買うときに見た値札に目が留まる。大根が一本78円だった。

         一時の暖冬で大根は成長が進んでいるという。その結果出荷数量が多くなり、安値になっていると報道していた。それを証明する値段だった。ひと頃野菜不足で、細く短い大根に高値が付いた。カットされた大根が売られるようになっていたのが嘘のようだ。

         

         少し離れた売り場で見たものは、半分に切った大根が75円の根が付いていた。ガソリンの仕入れ価格の関係と似たような状況だった。他の野菜も大根ほどではないが値が下がっていた。そして、更に眼を惹いたのが、値段より丸々と生育した大きさだった。つい、誘われるように巨大な白菜を丸ごと一個購入した。気象の異常は、確実にどこかで様々な変化をもたらしていた。タケ

        | 農業 | 07:31 | comments(0) | - | - |
        公民館ロビー展の入れ替え、思わぬ訃報、労賃支払い
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           2018.12.16(日)曇り一時雨。午後には雨というのが予報だった。それで外仕事への気持ちが鈍った。夕方に少し降るだけだった。

           昨夜のことだ。自宅近くで送りの車から下車して歩いて帰る。道々上空を眺めると、満天の星が散らばっていた。やけに星の光がくっきり見えて、私が知っている星座がすぐ頭上に探すことが出来た。日付が変わっており、寒さもあり長くは眺めておれなかった。

           その時に気付いたのは、東方約45度に暫く見えていた光が消えていた。静止衛星が移動したのだと思う。

           日曜日で、しかもかなり寒い。暫く寝坊した。7時過ぎに起床する。昨夜の酔いは残っていなかった。

           

          ☆思わぬ訃報

           

           今朝の新聞で同級生の逝去を知った。昨日の集会でパネリストにならなかった訳を理解した。入院中だった。入院中に肺炎を患い逝去した。昨夕の飲み会の中でも彼のことが話題になった。来年の同級会には必ず出席してもらおうなどと話し合った。

           葬儀が18日で、同じ地域に住む別の同級生と連絡を取った。連れ立って葬儀に出席することにした。その後、別の同級生からも確認の電話が入り、代表して二人で参列することを告げた。自分と同じ年齢で逝去は哀れさとともに寂しさを禁じ得ない。

           

          ☆公民館ロビー展の入れ替え

           

           陶芸教室の会長さんと連絡を取り合って、作業時間を決めた。木工作品を3点運ぶ。公民館では既に会長さんが陶芸作品の回収をほぼ終えて、自身の木工作品を展示されていた。入れ替わるように私が、残りの陶芸作品を回収し、私の木工作品を展示した。これから持ち込む作品のために場所を確保して、そこにネームプレートを置く。

           作品を飾るために、この間手に入れた皿立てを使った。宿直の人がそこに現れ、あれこれ話し合う。安く手に入れた皿立ては奇麗に飾れなかった。安かれ悪かれだと話し合った。あまり時間を掛けずに帰宅できた。

           

          ☆自宅で静養

           

           とにかく寒い。体が耐えがたく感じる。それもあって、山行きを諦めた。エアコンの入った部屋で読書と居眠りを繰り返した。本当によく眠れた。やはり、昨夜の飲み疲れもあったと振り返る。

           

          ☆砂丘太鼓

           

           町内に残る太鼓の文化がある。数十年ほど前に、かつて公民館長をされた伯父が町のシンボルの一つとして砂丘太鼓というものを創設した。世間も、いつごろからか太鼓の芸能が盛んになっているが、最近参加者が少なくなって、活動自体が下火のようだ。

           数年間開催されなかった太鼓の体験会が今日行われ、長男が参加した。数名の初体験者を含んで10数名だったらしい。指導者が4名だ。そこで、長男が私の叔父が創設したといういわくを学んで帰宅した。地元ケーブルテレビが早速インタビューを求めてきたという。

           かつて人権フェスタでいきなりマイクを突き出されて戸惑った経験を踏まえて、今日はどういうことを話すか考えて臨んだそうだ。こういうことも慣れの部分が多い。私も帰郷直後はそうだった。木曜日の放送だそうだ。

           

          ☆営農組合作業労賃支払い

           

           今夕7時から、集落内の合同計算が行われた。年間を通じて徴収された区費等の過剰分が返金される。その場に同席して、組合員へ作業労賃を支払う。収穫を終えてから時間を掛けて準備した結果であり、現金収入を手にする年末の行事だ。

           返金場所の一角に営農組合のコーナーを設け、到着する組合員ごとに声を掛けて支払った。時間は左程かからず終了した。タケ

          | 食べ物・健康・日常生活 | 10:56 | comments(0) | - | - |
          県立美術館と共に歩む中部地区の集い、同級生忘年会
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             2018.12.15(土)曇りのち晴れ。雨が止んだが依然として寒い。しかもこの先雨混じりの日が続く。健康管理は間違いなく寒さ対策になる。体力と耐性維持が罹病を防ぐ。

             特に用事がないと起床時間が徐々に遅くなった。用事がない午前中は、年賀状のコメント記入や営農組合の労賃支払い準備で、明細書の仕上げなどをした。

             首にタオル地のマフラーを巻いた。よくある温かさを直ぐに感じるマフラーと違い、感触がさらりとしている。温めるというより、寒さを防ぐという感じで長時間巻いているうちにすっかり馴染んでくる。そういう感触だった。屋内の暖房の効きが効果的でない。寒さに晒されて、いろんなものを身に付けるようになった。

             

            ☆県立美術館と共に歩む中部地区の集い

             

             元々美術館の建設にはかなり興味があった。しかも、建設場所を県が模索する段階で、いろんな集会に出席してきた。運よく、中部に建設することが決まり、早々にサポーター組織の結成が望まれたが、この間約2年間、目立った動きが見られなかった。そして、このほどフォーラム形式の集いが開催された。町の公民館からも、告知ビラの配布や集会への出席を求められていた。

             

            ☆気になること

             

             中学時代の同級生に美術部門の専門家がいた。地元関係機関の館長などを歴任して、今日もフォーラムのパネリストだろうと考えていたが、早くから配布されたビラにはその名前がなかった。(体調が悪いのかな?)そういう思いを以来引きずっている。

             

            ☆講演

             

             定刻になると、小さめの会場は満席になり珍しく大勢の方たちが集うことになった。だが、そうした中で気になることがあった。耳を澄ませて講演を聞いていると、その中に、2,3人だが鼾が聞こえた。体が温まり、淡々と話される講演を聞くうちに眠気に襲われたのだろう。同情はするが、参加した動機を疑いたくなる。

             

             基調講演は、高名な蓑(みの)豊氏だ。経歴を初めて聞いて驚く。海外でも、名だたる美術館の監修など深いかかわりを持ち、国内では、大阪市立美術館改修を監修されたり、金沢21世紀美術館、兵庫県立美術館の館長を歴任されていた。

             

             各地での活動事例の紹介とともに、美術館が子供たちに与える影響や特徴ある美術館が町興しに有効だということが論点だった。

             

            ☆パネルディスカッション

             

             パネラーの選択がどういう基準なのか良く分からなかったが、美術館建設に伴う中部地区集いの協議会というものが出来上がっていた。恐らく、商工会が中心になって町興しに役立てようとするものだろう。協議会の中の応援部会があり、そこの部会長が今日のコーディネーターだった。

             

             5名のパネラーが、いくつかの論点に沿ってそれぞれ意見を述べる。それをコーディネーターが総括する形式だが、あと6年しか残されていない。これからどのように進めていけばよいかとか、どのような美術館にすればよいか、何が必要かという問いかけに対して、断片的でしかもあまりに漠然とした意見しか出てこない。一般人が多いパネラーの限界だと思った。

             

             最後に会場内に意見が求められた。数名がそれぞれの思いを語るが、高齢者の感傷的な意見が多かった。堪らず私も意見を述べた。

             建設場所を決定したのが約2年前で、その際に同じようなフォーラムがあり、益田市のグラントワ建設に関する説明を聞いたことがある。当時私は、何処に建設するにしても、わが県の美術館はコミュニティ広場の要素を持たねば立ちゆかないと、県立博物館の学芸員に進言した。その反応は、県立美術館というものはそういうものではないです、というものでがっかりした。

             今日の意見は、そうした学芸員の意識を少しでも変えなければならない。

             

             1年前の日本海新聞の社説に、そろそろ基本構想を県民と話し合う取り組みを行うべきだと掲載されていた。以来そういう取り組みがない中で今日、1年経ってようやくこうした集会が開催された。余りに取り組みが遅すぎるのではないか。しかも、検討経過はさっぱり知らされていない。

             

             3番目に、いろんな意見の中で倉吉市の賑わいや景観というように、やたら倉吉市が強調されているが、今日のテーマにあるように、中部地区を意識してほしい。更に言えば県立美術館だから、県民のためにという意識を持って語ってほしい。こういう指摘をした。

             集会が終わると私は急いでキャロルに給油し、帰宅した。夜の忘年会が控えていた。

             

            ☆同級生の忘年会

             

             同級会の幹事たちの忘年会だ。6時半からと思い込んでいたが、6時からで、催促の電話が入っていた。だが、集会でマナーモードにしていた関係でさっぱり気付かなかった。

             若干少なめの人数で、いつも通りの忘年会に飛び込んだ。深酒を用心しながら、努めて会話を多くした。今日は、来年の同級会の準備を年明けから取り組むことを数人と話ったほかは、同級生の近況情報の交換が中心だった。

             いつも通りの店で2次会に参加して、日付が変わった頃帰宅した。タケ

            | 食べ物・健康・日常生活 | 10:54 | comments(0) | - | - |