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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
「かんじき飛脚」を読む
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    「かんじき飛脚」  山本一力著  新潮文庫

     

     山本氏の作品を読むのは、これで2作目になる。面白かった。時代小説で扱うテーマがいろいろと趣きを変えて詳しく語られる。発生する事件を見事に解決するパターンは毎回同じようだが、その仕掛けが面白い。ある程度は想像できるのだが、ここでという場面の展開がまた面白い。具体的なことが触れないようにするが、巻末の解説に、読後の感想にピッタリする説明文があった、それを照会したい。

     

     評を記したのは趣味の読書家で有名な児玉清氏だった。

     「おもしろくて、人間の温もりが、じんと胸にしみこむ、しかも江戸時代のさまざまな未知の部分を丹念に且つ存分に教えてくれる。さらには男っぽく骨太で、その上に滅法熱い作者の魂がじんじん伝わってくる。」とういうことだ。

     

     詳細な調査と、どんでん返しの仕掛け、随所にちりばめられた人間の温かさの表現は上手い。タケ

    | 読書 | 16:39 | comments(0) | - | - |
    「狐闇」を読む
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       「狐闇」  北森鴻  講談社文庫

       

       面白かったかどうか、答えはノーだ。タイトルの付け方がピッタリ来ない。「冬弧堂」という古物仲介業を営む30歳代の女性が主人公だ。狐のように抜け目ないというのが自他ともに認める評価ということだ。

       旗師という言葉で表現される骨董品などの仕入れと販売を生業とする。それが、ふとしたことから訳の分からない事件に巻き込まれる。その謎を闇だと言う。

       

       小説で扱う内容が、冒頭から骨董品の知識やオークションでの買い付けであり、それなりに興味を引く。だが、事件が進行するにつれて、ストーリーが奇想天外というか荒唐無稽というような展開を示し、「えっ、そうなの」という感じが拭えない。

       そして、読み始めはあまり感じなかったが、途中からくどい描写が多くなる。というのは、登場人物の会話の間に挟まれた場面や関係するうんちくの説明がくどい。急に、前方を時速40キロで走る車の後に付いたような印象を受けた。会話の部分だけ読み飛ばしても全体の話が大体分かる。会話のやり取りもくどく感じる。言いたいことを全て文字で読ませようとしている気がしてならない。文字に書かなくても、行間を読ませるという手法もある。読者に考えさせる部分があってもよい、と思う。

       感想はこれだけにしたい。タケ

      | 読書 | 13:28 | comments(0) | - | - |
      「エコイック メモリー」を読む
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        「エコイック メモリー」 結城充孝 光文社文庫

         

         この本は、前作が「プラバロック」という仮想空間と現実社会の交錯した作品である。結構面白い作品だった。たまたま店頭で続編だと知って、購入した。この小説も面白い。

         「峠の群像」の次に、北方謙三の「楊令伝」を読み始めた。15巻もので、なかなか終わりが来ない。そこで、1冊もののこの作品を手に取った。

         

         

         クロハなる女性警察官ー特捜警察官の話で、ここでも仮想現実が絡んでくる。仮想空間を利用した犯罪が現実に存在することをこの作品で学んだ。細かい説明は、推奨する以上避けなければならない。従って、学んだ話の紹介に留める。

         

        〇MMO(=マッシヴ、マルティプライ、オンライン:大規模、多人数参加オンラインゲーム)

         

         これは、仮想空間で展開されるゲームの世界を挿すそうだ。アバターという言葉が少し前から取りざたされているが、アバターは分身のことだ。自分の分身が、ネットを利用して、あたかも遠い彼方の地にいるような錯覚を楽しむことが出来るようになった。バーチャルリアリティで遠方の景色内に自分が居るような気分になる。これと同じだ。仮想空間に様々な設定と描画を駆使して、そこにゲームとして選んだ登場人物で参加するというものだ。インターネットゲームでは、既に広まっている。

         

        〇RMT(=リアル、マネー、トレード)

         

         何のことかと言えば、ゲームの中で使うアイテムを手っ取り早く手に入れようとして、現金を支払って購入することだが、ゲームの中では、アイテムの入手には一定の条件が付与されて、時間と経験を伴う。そこで、アイテムをゲームの中で手に入れて希望者に高値で販売する。その売り上げが組織犯罪にも利用されている、という。入手の方法がキャラクターの殺人というような悪意と暴力に満ちた手段に訴えることもある。

         小説の中では、アイテムをいくつかの会社組織で販売するが、1社で取り扱うときは他の会社では扱わないという独占市場を形成して高値販売に持ち込んだり、技術者を囲ってアイテムを製造する。ところが、MMOの管理者は、仮想空間で行われていることに気付けば何らかの制約を加える。そこに現実社会での争いに発展して、犯罪が起きる。

         

         何となく、こういうものがあるという気はしていたが、長男に聞いたところ、すぐに返事が戻ってきた。長男も、MMOの中に入って遊んでいたようだ。そこでの知り合いがネットを介した友人関係隣、たまに遠方まで出かけて逢っている。

         

         此処までにする。タケ

         

         

         

        | 読書 | 22:55 | comments(0) | - | - |
        「峠の群像」を読む
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           「峠の群像」 堺屋太一著

           

           上中下巻に亘る長い作品だ。読み始めてから随分日数を要した。物語は、いわゆる忠臣蔵だが、記述内容はそれはほんの僅かで、そうした事件の背景だけでなく、当時の社会事情を詳らかに分析している点に大変興味を抱いた。だから読み始めて、一気に読了するかと思ったものの、詳細かつ論理的な描写を丹念に読むうち、かなり時間が掛かることを覚悟した。加えて、多忙さがあった。休息時や合間合間に数ページずつ読み進むというペースでは、何時読了するか先が見えなかった。

           

           読後の感想としては、秀逸な作品だと感じた。忠臣蔵は、事件の後で近松門左衛門らが歌舞伎の題材としてまとめ上げたものが大衆化して、それが歴史そのもののように伝えられている。歴史はこうだったというものに触れることが出来た。大まかな感想はこういうことになるが、以下にポイントを羅列して示したい。

           

          .織ぅ肇

           「峠の群像」というタイトルの意味は、時代の転換点で、翻弄され、生き抜く人々の姿を描いている。

           

          ∋代背景

           時代は元禄の頃、戦いや闘争の絶える社会が定着して武士の社会的な役割が希薄になる。貨幣経済が進行して大商人が台頭する一方で、生産活動をせず米の流通に頼る石高制のままの武士や武家の経済的な低落が始まる。主君と主家との関係でも、増える浪人の雇用に伴って忠誠心が変化し始める。これらの社会と経済の転換点を迎えたのが元禄時代だった。その他にも、文化芸術の進歩と風俗の変化も進む。それにブレーキを掛けるような将軍綱吉の生例憐みの令が社会的な混乱を招く。

           転換点を迎えた時代には、古い体質にしがみ付こうとする勢力と、将来を見据えて生き残りを模索する勢力が鎬を削る。前者の代表が吉良上野介であり、後者が赤穂藩だった。

           

          生類憐みの令

           

           5代将軍綱吉は暗愚な将軍ではなかった。いわゆる学問に傾注してそこそこの学識を得た。主に儒教だが、人民の幸せを追求するために生きものの命を大切にすることに注目した。最高権力の意思が、自己保全に汲々とする幕閣によって拡散されて行き過ぎたものだ。

           浅野内匠頭が朝廷の勅使供応役に就いたとき、まず困惑するのが生類憐みの令との整合性だった。真面目過ぎる内匠頭を忖度する家中が困り果てて、贅沢と質素の両方を用意する。指導役の吉良上野介が京での滞在が延びて、準備期間中に江戸に不在だったために、相談が出来なかった。江戸に戻ってきて相談すると、勅使饗応では贅沢が基本だと教えられる。こうした行き違いや判断ミスを犯す根底には藩財政の枯渇があった。どの藩も財政難に陥り、出費のかさむ饗応役を受けたくなかった。自然浅野藩では経費の軽い質素型を望んだ。そういう背景も行き違いの遠因になっていた。

           

           令の影響は、江戸の町とその周辺に留まった。実質的には、取り締まりの可能な範囲内にとどまった。川崎辺りでは、令に反する生魚の食事が人気となり、江戸から多くの武家や町人が出かけた。干物や塩漬けは令の対象外で、塩に高値がついた。藩財政の立て直しを製塩業に頼る赤穂藩とはこういう面でのつながりもあった。

           

          だ嵎翦佑龍貲

           

           赤穂藩は、5万石の小さな藩だ。安芸広島の浅野家の分家だ。内匠頭の祖父に当たる初代藩主が有為の人物で、加里屋城という壮麗な城を建てた。5万石には大きすぎるものだが、うまく立ち回って幕府の承認を得た。ところが、維持費がかさみ5万石ではその負担に耐えられなかった。年間の必要経費に対して藩の財政は慢性的な赤字状態にあった。

           藩の財政は、米よりは製塩業によって支えられていた。独占状態のときは収入に余裕があったが、他の地域で製塩業が盛んになると塩の値も下がり、たちまち藩財政が困窮することになった。

           製塩業の改革が財政立て直しに必要だと考えるようになって、藩の要職を文治派が担うようになる。武闘派にはそれが受け入れ難く、まとまりの良い家臣団に亀裂を生んだ。

           

          サ販評緻邁

           

           吉良家は、足利将軍の中でも上位の家臣で、徳川家も当初は一目を置いた。それで朝廷との調停役や、儀式の指導役に就かされた。だが、禄高は4000石に留められたため、何事にも贅を追求したがる上野介は財政難を抱えていた。そのため、何か事あるごとに介入して、見返りの礼金などを期待して様々なアドバイスを行う。こういう癖が染みついた上野介は、お節介焼きとして嫌われていた。本人は、それを全く理解せず、自分の善意ある行動と思い込んでいた。

           生真面目で、物事の受け止めに余裕のない内匠頭との間には、見えにくい怨念が蓄積されていた。その怨念は、一方的に内匠頭が抱いていたものだった。

           

          μ沢吉保の思惑

           

           将軍綱吉が生類憐みの令に傾注しすぎることで社会不安を引き起こすために、綱吉の関心を紛らすためにとんでもないことを考え付く。それは、妻の正親町町子の入れ知恵による思い付きだった。町子は、京の貴族正親町家の娘で、才媛だった。考え付いたのは、綱吉の生母桂昌院により高い冠位を朝廷から下されるように働きかけることだった。慣例をはるかに超えた試みだが、町子には正親町家の兄の助力で果たせるという計算があった。

           

           この勅命を受けるための勅使の饗応には、特に力を入れた。饗応役に選ばれた二人の大名の内の一人が内匠頭だった。大体が、選ばれるのが5万石程度の小大名だ。石高から考えてもそれに伴う出費がきつい。無事役目を果たせば将軍や幕閣の覚えめでたい、ということになるのだが、出費に耐えかねてどの大名も望まない。しかも、こうした役回りには必ずと言ってよいほど上野介の介入がある。見返りを暗に期待する嫌味な老人の介入には誰もが辟易としていた。

           

           だが、この度の冠位については町子の存在が浮き立ち、高家(吉良)の働きは全く期待されていなかった。焦った吉良が蚊帳の外で独自の動きをする。その結果、様々な面で行き違いが生じて、内匠頭の心中は悪感情を募らせる。吉良の悪意に基づく遺恨だと思い込むようになった。

           

          Э禄

           

           歌舞伎や映画で描かれているような口論めいたやり取りはなかった。全くの内匠頭の勘違いで突発的に事件が起きた。控えの間で聞こえた会話、吉良が廊下を通り過ぎながら側用人と交わした言葉を自らの嘲笑と聞き間違えて発作的に飛び出して切りつけた。これが真相のようだ。饗応役で発生した様々な行き違いを修復し、かつまた持病のてんかんに苦しみながら疲労困憊の状態にあったことが背景になった。吉良の不要な助言やそのタイミングの遅れなどが饗応役のドタバタの原因で、それは吉良の意趣返しだと思い込んでいた。

           

           意趣返しの根拠と考えるに至った話がある。赤穂の塩の品質が高く、出入りの商人が販路開拓を行った結果、たまたま吉良の領地での販売だったために領内の商人が吉良に排除を願い出たことがある。当然吉良は善処するようにと書面を送り付けた。しかし、内匠頭は無視するが、遺恨を蓄えた。商人間の競合にまで口を出すのかという理屈だ。

           もう一つある。江戸で大火災が発生して武家屋敷もかなりの範囲で焼けたことがある。その時、火消し役で活動していた浅野家に吉良が一存で自宅の罹災を防ぐよう依頼した。町家の鎮火に奔走していた内匠頭は無視をした。吉良の屋敷は全焼した。内匠頭は、そのことを吉良が恨んでいるものと思い込んだ。

           

          浪士の討ち入り

           

           城代家老の大石内蔵助は、昼行燈と言われたように、刃傷事件が起きるまで政治の表舞台に出てこなかった。事件が起きると、文治派は幕府に恭順して城明け渡しに動いた。一方武闘派はそれに納得せず、江戸に出て吉良を暗殺する機会を伺った。こうした状況下で、大石は自らの取るべき態度を決めかねていた。僅かに浅野家の存続に望みを抱き、それで過激派の暴走を止めようとした。

           だが、それも果たせず過激派に引きずられるようにして仇討に巻き込まれていった。三船敏郎が演じたような恰好の良い人物ではなかった。

           仇討への決断は、喧嘩両成敗への不手際とする江戸町民や大阪商人の後押しがあった。お家再興も途絶えて、身の振り方を思案している間にも過激な藩士が突出しそうになり、懐柔する積りが担ぎ上げられた。こういうことのようだ。歴史は、大衆受けする極端な内用で語り継がれる。

           

          刃傷の裁き

           

           人情が起きた勅使供応の最中であり、桂昌院への冠位下賜に支障があってはとの思いで内匠頭には厳罰を与えた。その日のうちに切腹と決して処断した。その素早さを朝廷は評価し、人々は不公平だと評した。実際に吉良が喧嘩を引き起こしたわけでもなく、自覚もないため、当初幕府もお構いなしと決する。内匠頭は遺恨だと主張したかったが、いわゆる意見聴取も何もさせずに処断した。乱心扱いにされたからだ。

           

           ところが、世間の不平不満が高まる中で、影を薄めていた武士道の精神を鼓舞する意図のもとに、仇討が挙行されるように仕向ける。お構いなしとされた吉良の処分も後になってお役御免に変えられた。希薄になった藩主と家臣の結びつきを、言い換えれば将軍と大名の関係を強化しようという目論見だった。いろんな意味で柳沢吉保に、いいように利用されたことになる。

           

          討ち入り後の悲劇

           

           世の中で知られている話は、討ち入りを果たした浪士が切腹するところまでだが、実は、この後に更に悲惨な話が続いていた。この小説では、その部分も細かく記述していた。

           藩の断絶に際して、家臣が二つに分かれた。多くは、幕府の裁定を素直に受け入れているが、討ち入り後、世間がその行動を称賛するがあまり、討ち入りに参加しなかった家臣への風当たりが激しくなった。腰抜けとか不忠儀だとか云われのない中傷に晒されることになった。他藩にお抱えとなった者は突然暇を出され、再建を果たした製塩業の組合も、藩士がかかわっているために解散させられた。

           武士を止めて、ある商家の跡取り娘と一緒になる予定の元藩士は、先行き不安を理由に姿をくらました。様々な理不尽が続いたという。討ち入りを果たした浪士たちは勿論そういうことを知らずに死んでいった。

           

           綱吉と桂昌院、二人によいしょをした柳沢と妻町子、彼らは結局思い通りになってハッピーだったが、その他は大いに振り回されて大変な目に遭った。武家とは、武士道とは何かを忘れかけた世の中に問い直すことになった事件だった。だが、それは一つの事件として語り継がれるが、世の中の変化にはブレーキが掛からなかった。これ以後、坂道を下り続ける前の峠でしかなかった。タケ

           

           読了にも時間が掛かったが、読書感想を考えるのもかなり時間が掛かった。

          | 読書 | 20:42 | comments(0) | - | - |
          「ソロモンの偽証」を読む
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             「ソロモンの偽証」 宮部みゆき 新潮文庫 1 〜 6

             

             単行本で3巻、文庫本で6巻はかなり長編だ。農作業他多忙な時期のため、読破に時間が掛かった。しかも、この作品は描写が細かく、丁寧だ。特に、心理描写がきめ細かい。時間のある方にはお勧めしたい。

             

             物語は、中学生が中心だ。作者は、中学生を扱っているが、巻末の評では高校生が読んでも良いと述べている。私の見解を述べれば、大人が読めばよいと思う。何故なら、作者は作中、中学生の感性で、考えさせ行動させている。だが、結局はそれが作者の考えに相違なく、大人が読んでも良いということになる。むしろ、大人が読むべきか。

             

             作中、こういう記述がある。「14歳は悪魔だ。」この言葉は含蓄がある。子供ながら、大人の感覚を身に付け始める。だが、大人になり切っていないために、良くも悪くも影響を受けやすい。内面に生じた迷いや憤り、さらに道徳的に逸脱した心理がそのまま行動に出る。制御や抑制が効かない。行き過ぎると、その後の人生を左右してしまう。

             親や教師、家庭環境や社会環境に敏感に反応する。子供の枠を超えたとき、大人になり切っていないが故に大人には想像の付かない行動に出る。こういうことだと思う。

             

             さて、題名のことだが、「ソロモンの偽証」は何を意味するのか。作品にはその説明がない。私なりに考えてみたが見当がつかなかった。

             ソロモンは、大昔のユダヤの王だ。その叡智と強権により治めた国が反映した。だが、王の死後、反動で混乱が起きた。その程度の理解しか得られなかった。それが作品の中でどういう意味を持たせたか。それも分からなかった。

             

             巻末の解説では確かにその点に触れていた。ソロモンとは、高い地位で崇高なものを象徴している、という。親であり、教師または学校であり、社会を指している。そこに嘘や欺瞞があるということを述べたかったともいう。

             重ねて思う。それでも何故、引き合いに出すのが「ソロモン」なのか。前作に、「ペテロの葬列」という作品があった。まだ読んでいないが、そこから連想したものか。

             

             面倒臭い話はともかく、作中、登場人物の行動や心理面の描写を綿密に表現している点は、敬意を表する。特に、登場人物全員にスポットライトを当てる努力は敬服に値する。タケ

            | 読書 | 13:23 | comments(0) | - | - |