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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
JA「ほのぼの旅行」2日目
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     2020.1.17(金)晴れのち雨。相部屋の4人は、特に鼾もかかずぐっすり眠ることが出来た。朝方、内の中がからからに乾いていた。してみると私が鼾をかいたかもしれないと懸念したが、エアコンをかけ続けていればそういうことになる。誰もそれらしいことを言わなかった。

     昨晩の痛飲にも拘わらず、皆見事に回復していた。流石に飲み方を心得ているというべきか。

     6時過ぎに起床して、朝食の時間待ちをする。7時、揃って食堂へ向かう。バイキング形式だが、夕食に比べて大変美味でメニューも豊富だった。昨今は、あれもこれもと皿に盛る人は少なく、自分の食べたいものだけを選んで食べる人が多くなった。旅慣れた人は、珍しさが無くなっている。私はまだその域ではない。料理を中心に皿に盛った。ただし、量を加減して、それぞれ一口程度にした。

     

    ☆京つけもの近為

     

     宿を立つとものの5分ほどで漬物屋に到着した。漬物工場の前に展示スペースとレジを置いただけの店だった。多くは、出荷している。早速旅行客が群がって何やら買い求めることになった。恐らく、旅館では漬物は買わない。漬物屋だから買うのだろう。

     

    ☆谷性寺

     

     光秀ゆかりの寺だ。別名キキョウ寺という。季節が訪れると、紫や白のキキョウが畑に咲き誇る。それを観光客が眺めにやって来る。あまり大きくはない。田んぼに挟まれた小さな道を歩いて訪れる。この時期キキョウは咲いておらず、ただ普通の小さなお寺ということになる。光秀の首塚が祭られている。読み仮名は、こくしょうじ。

     

    ☆出雲大神宮

     

     最初にこの名前を見たとき、何だこれは、と思う。島根県にれっきとした出雲大社があるではないか、と。ここも、縁結びの神様を祭る。どうもいわれがあり、出雲という名の最初がここで、出雲大社は此処の名前を貰ったとある。正確なことは分からないそうだが、こちらが先だと当地では言っている。出雲大社は、かつて別の名前だったそうだ。

     

     神社の裏が山になっている。そこを上がっていくと、巨大な岩がただ一つ転がっている。神座と書いてカミノクラと読む。神の石とされ、大きい注連縄が掛けてある。

     

    ☆京丹波町「やまがた屋」

     

     ここで摂った昼食も昨日と大差がなかった。辛うじて、ご飯が黒豆のご飯だった。後が煮さばに味噌汁という定食だった。料金をケチっているということだろう。ビールを飲んでごまかす。

     ここでも皆土産を買いあさる。

     レストランと土産店が合体した施設だが、中にミスドが入っていた。コーヒーを注文する。カップですか、紙コップですかと聞かれて紙コップを選ぶ。するとテイクオフで5円安かった。支払いは既に精算機に切り替わっていた。コインを投入口に入れて支払う。

     

    ☆福知山城

     

     ここもみつぃ英ゆかりの城だった。実に小さなお城で、恐らく城の中に立てこもることは明治の時代までなかっただろう。城主は、その後も代々引き継がれて幕末まで至る。

     

     ここでの話題は大河ドラマのPRや石垣のことだった。光秀が領主となり築城するときに石が足りなかった。そこで、寺院や墓地の墓石を集めて利用したという。石垣を良く眺めてみると、墓石がいくつもはめ込まれているのが分かる。全国でもこういう城は例が限られているようだ。

     

     ガイドが84歳になる塩見さんという方で、この地には塩見という名が多い。というのは、光秀が福知山城主になる前の城主が塩見家だからだ。あと5年くらいはガイドを続けるという。案内されて後を付いて上がるが、我々が息を上げているのに対して、この方は全くそういう気配がなかった。

     ここが最後の観光になるが、かなりの距離を歩かされた気がする。体には良かったようだが、移送中のバスの中は皆居眠りをした。

     

     もと来た道順で帰途に就くが、町内に到着するまで雨は降らなかった。温かく、天応には恵まれたツアーだった。明智光秀に関する知識を少しばかり得たのが収穫か。食の方はさっぱりだった。タケ

    | レジャー・探訪 | 13:17 | comments(0) | - | - |
    JA主催「ほのぼの旅行」に参加
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       2020.1.16(木)曇り時々晴れ。今日から明日にかけてJAが主催するほのぼの旅行に参加した。行先は、丹波から亀岡、そして福知山で狙いはNHK大河ドラマにゆかりの地の先取りをするものだった。「明智光秀」ゆかりの地を巡るものだ。

       

       例年この旅行には参加していなかった。今年はたまたま任期を終える柿生産部の役員がお互いを慰労する意味で参加を決めたもので、私もその一員となった。正直、訪問先にはほとんど興味がなかった。光秀にしてもある程度の知識は持っている。役員相互の親睦の意味だけで参加した。

       

      ☆集合

       

       8時集合とされていた。早めにと考え、夜がまだ明けやらぬ7時30分に自宅を出発した。体感として寒い気がした。想像以上に寒い場合を想定していつもより防寒をした。

       早すぎたのか、集合場所にはあまり人が居なかった。少しづつ、時間の経過とともに参加者が集まった。参加者には、お味集落のおばあさんの外町内の見知った人が多かった。平日のことでもあり、参加者は暇な人が多かった。総勢35名、バス1台だった。

       

       山陰道から9号線、北近畿豊岡自動車道、舞鶴自動車道を経由して丹波地方に到着した。丹波という地域はややこしい。京都府丹波市というところがあるかと思えば、兵庫県丹波篠山市もある。丹波という昔からの地名が、京都府と兵庫県に跨っているためだ。

       丹波篠山市は、前は篠山市とだけ言ったそうだ。2年前の住民投票で丹波篠山市に変えたそうだ。

       

      ☆やすらぎの郷

       

       市内の食事処に到着した。温泉を供えた食事処だが、団体客として出された昼食には目を剥いた。というのは、料理のメニューに全く観光らしい食材も彩も、目玉も何もなかったからだ。旅のポイントが食事だというのは通説だが、あまりに質素な昼食だった。

       柿組合の面々は早速ビールを飲み始める。私も仲間に加わり、半ばやけ酒のように飲んだ。このことから、この度の旅行に対する期待感が萎んでしまった。

       

      ☆篠山城

       

       光秀ゆかりの地の一つ目だ。篠山城大書院というのが相応しい。城という名前で呼ぶのだが天守がない。大書院だけだ。火災で焼失した後で再建したものだが、以前のものを再現している。ガイドの話を聞いてよく理解した。

       本能寺の変の4年前に丹波攻略を命じられ、領地として与えられた。築城に当たっては、信長が配下の大名約20名に銘じて6か月ほどで完成させた。天守の建築は不要として大書院のみとなったという。

       

      ☆大石酒造

       

       旅館に投宿する前に、近隣にある酒蔵を訪問した。ここでも旅行客はいろいろと土産品を買い込んだ。やや小ぶりな酒蔵だった。

       

       宿に着く前にバスで長距離を走った。車窓から眺める景色は観光地の景色ではなかった。中山間地の景色で、農地は段々畑が殆どで、しかも近年耕作が出来なくなった農地もあちこちに認められた。どう考えても丹波篠山藩5万石は貧しい藩だった。光秀は悔しかっただろう。しかし、藩主時代には、税の免除や河川の改修工事に着手するなど善政を行った。

       

      ☆湯の華温泉「渓山閣」

       

       宿は昼間の食事処のようではなかった。まずはひと安心する。同部屋の面々が揃って入浴、宴会に備えた。

       宴会は、まずまずだった。大いに飲み、会場は盛り上がった。自室に戻ると、皆これ以上飲む元気を失い雑談をしながら眠りに就いた。タケ

      | レジャー・探訪 | 21:50 | comments(0) | - | - |
      映画鑑賞、農事組合役員会
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         2019.12.22(日)曇りのち雨。晴れる日が少なくなった。雨が降るのか降らないのかはっきりしない天気が続く。日曜日で、早朝の用事がない。今日予定している映画鑑賞の入館は10時以降になる。二人ともなかなか起きて来なかった。昨日は遅くまで出かけていた私も、結局は7時まで寝坊した。

         

        ☆映画鑑賞

         

         今日映画館で見るのは「スターウォーズ」最終章だ。これで長かったシリーズが完結する。これまで、このシリーズは全てロードショーで見てきた。他では、ハリーポッターやロードオブザリングもそうだ。一方、シリーズでもスパイダーマンやスーパーマン、バットマンなどはそうではなかった。

         

         20日のロードショウから3日目で日曜日にも拘わらず、当地の映画館はかなり空いていた。あられと私はシニア料金で、長男は誕生月料金と安く入場できた。

         

         完結編はこじつけのようだが、ストーリー展開の工夫がみられた。結末までの展開が、ああ、こういうことかと分かる。そういう意味では納得感が残った。暗黒面が滅びてジェダイが残ることは想像ができる。だが、タイトルの「スカイウォーカーの夜明け」の意味が最後の最後まで分からなかった。こういうところは、興味を最後まで引っ張る工夫が見られた。宇宙空間の戦いの場面とは別に、海上の荒波を被りながらの闘いは迫力があった。そして、何と言っても主人公のレイが素晴らしい。

         2時間20分はあっという間に過ぎ去った。その間私は一度トイレに立った。我慢が出来ず見逃したシーンは、TV放送で見ることにした。

         近くの中華店で昼食を済ませて帰宅した。

         

        ☆蛍光管の調達

         

         輪の形の蛍光管が切れた。30型だ。ある家電店で500円の割引券があった。その店は携帯のアプリがポイントカードの代わりで、私がスマホを持参する必要があった。

         年末の疲れを引きずっていたが、こういう事情で長男と同行せざるを得なかった。支払いの段階で、スマホにポイントが残っていることが分かり、結局支払いがサービス券とポイントで間に合った。

         

        ☆農事組合役員会

         

         毎年この時期に行う役員会だ。新年総会の日程、総会の運営、来年度米作の集落としての日程などを話し合う。併せて役員手当の支払いを受ける。その後は、買い出しの食材で懇親会を行う。こういう行事だ。

         

         5時前に会場に赴き準備をする。5時開始で話し合いは1時間足らずで終了した。先般の農事組合長会議の内容も説明して懇親会に移った。

         そこから約3時間、農業に関する話題や集落内での話題、健康問題など多岐にわたって談笑して大いに盛り上がった。思いのほか酒が進んだが、あまり酔わずに済んだ。湯割りを飲んだからだろう。飲食中に雨が降ったようで地面が濡れていた。タケ

        | レジャー・探訪 | 07:58 | comments(0) | - | - |
        集落の楽しもう会
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           2019.12.14(土)曇りのち雨。予報が当たった。午後からだと報じていたが、午前中から降り始めた。考えていた農作業などの予定が遠ざかった。

           土曜日は早朝から起きる必要がない。従って二人は寝坊モードだ。私は、のんびりと寝ておれず、6時過ぎに起床した。一人でコーヒーを沸かして、食パンを焼き朝食を摂る。コーヒーには昨日から牛乳を注いでいる。

           あられが起きる。私は自室で年賀状書きをする。

           

          ☆集落の「楽しもう会」

           

           この会は全くの有志の会だ。集落に活気を取り戻す目的で数年前から様々な取り組みをしている。内容は、会の名称通り有志が楽しめる行事にしている。行事ごとの参加は自由にして門戸を開いている。少しずつでもメンバーが増えれば、次第に集落全体に広がることを期待している。

           これまでの参加者は、集落内に限れば高齢者や子供が多い。子供と共にその親が参加することもあるが、働き手の世代の参加が乏しい。有志の取り組みを、自分たちが勝手にやっているとみられている向きもある。それが参加者の伸びない原因でもある。

           

          ☆芋煮会

           

           今回は、年末を控えて季節の旬の里いもを食べる。おにぎりと芋煮だ。9時集合で準備に取り掛かった。最も手間のかかる里芋の皮むきに男性5,6名で取り掛かる。用意した食材は、50名分を想定した。

           里芋の次は大根やその他野菜とこんにゃくだ。此処からの時間は余り掛からなかった。大鍋で3杯を焚く。ご飯が炊きあがり、男性陣でおにぎりを作る。材料を多めに準備した関係で50人分どころか100人分近くになった。

           

           準備ができると、集落内に区内放送で連絡する。やって来たのはお婆さんたちだった。世帯主である男性も、その家族も殆ど姿を現さなかった。やりたいものが勝手にやっているという貧弱な発想しか出来ないのだろうか。

           

          ☆ケーブルテレビの取材

           

           少し前から取材を申し込んでいた。その時は、諾否ははっきりしなかった。里芋の皮むきをしているとき、取材を担当する係が現れた。そこから準備の状況や調理後の食事風景を取材して貰った。中心的な立場の女性や、食事中の長男がマイクを向けられた。考えてきていたのか、結構気の利いたコメントをしていた。

           

           食事を終えると、かなり大量におにぎりと料理が残った。それを関係者で分け合ってめいめいが持ち帰った。参加者は、有志を含めても30名どまりだった。週末を狙ったのだが、いつも子連れで参加する家族などが重なった行事で欠席になった。私用で参加できない家もあった。昨今は、どの行事もこういう状況だ。

           次回は、年明けの1月に来年度の活動を話し合うことになった。出来れば、町の補助が得られる計画を工夫する。

           

           夕刻、あられと長男が町の図書館行事に出かけて行った。クリスマスコンサートか何かで、ゴスペルのミニコンサートだそうだ。私は、自宅で年賀状書きをしながら留守番をした。

           昨年頂いた賀状を見ながら宛名を書いてゆく。裏面はパソコンで編集してすでに印刷済みだ。1枚づつ書きながら相手を思いやる。閃いたコメントをその度に記入する。その中で最近目立ち始めたのが、高齢により以後の出状を控えたいという添え書きだった。それが、高齢という割に70歳を過ぎて間もない人たちだった。健康不安なのか、または他人との付き合いがうっとおしくなった人達か、かつて親しかった人たちですら本音が伺い知れない。年賀状が余るなという予感がよぎる。タケ

          | レジャー・探訪 | 08:14 | comments(0) | - | - |
          県立美術館応援団秋季研修
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             2019.12.5(木)雨。今日は昨日に増して強い雨が終日降った。夜になっても止まなかった。たまたま朝食後止んでいた。連日送り迎えが続いている関係からか、今朝は自転車で出掛けて行った。暫くして急に雨が降り始めた。濡れたなという直感がした。夕刻帰宅した長男に聞けば、半分くらいのところで降り始めたらしい。だが、降ったのが雨でなく、あられだったそうだ。そのため、あまり濡れなかったようだ。道理で降る音がやかましかった。

             

            ☆県立美術館応援団秋季研修

             

             季節は冬になっているが、事務局の人が周期と名付けたものだ。応援団の研修が鳥取市で行われる。建設前の段階では、応援団員が美術関係の研鑽を積むことにしている。今日は、身近なところで県立博物館を視察する。そして、その前に新築なった鳥取市役所の庁舎を見学することにした。

             参加者は26名。我が家は夫婦で参加した。雨が強まる中を車で倉吉市役所まで向かった。市のバスで26名が出発した。

             

            ☆鳥取市役所

             

             外から眺めた外観はどちらかと言えば地味なものだった。株が横の線を、上部が縦の線を木板で飾って、木を活かした建物だという印象を持つ。その程度の軽い受け止めでバスから降りる。途端にそれだけのものではないことに気付く。中に入るとその印象は感嘆に変わった。外からの通路を覗く全ての床、天井、そして内壁の殆どが木材で建築されていたからだ。板の線が規則正しい模様を浮かび上がらせて目に優しい。板の上を歩いて感じたのは床の感触が足に優しいということだ。建物全体に体への優しさを訴えているように感じた。

             幼い子供連れのために、キッズルームが設けられていた。手続きに向かう部署の位置が分かりやすく表示されていた。こういう近代的な役所というものは目にしたことがなかった。

             

             入口ごとに設けられた受付の一か所で案内係の職員に聞いてみた。「こんなに素晴らしい庁舎の中で働く気分は良いでしょう。すこしでも頑張って、市民へのサービスを高めたいと思いますか。鳥取市の沈滞ムードを改善しようという気持ちになりませんか。」

            ところが、返事がはっきりしなかった。返事が無かったという方が当たっている。中で働く職員の意識を高める取り組みがなされなければ、勿体ないではないか。よく、新しい革袋には新しい酒を入れる、と言われる。せめて人が入れ替えられないなら、新しい魂を吹き込まねばだめだろう。そういう気持ちが最後に残った。やっぱり鳥取市か。

             

            ☆県立博物館

             

             オリエンテーションの後、館内のレストランで昼食を摂った。余り面識のない人たちと食べながら雑談をするうちに、次第に馴染みが増していった。こういう効果も目的のうちだと思う。

             

             午後、かなりハードな研修になった。全体を3グループに分けて、交代しながら3つのカリキュラムを消化した。私も、他のメンバーもこういう体験は殆ど無かったと思う。学習内容の多さにかなり疲れを感じた。

             

            ☆大辞典展示

             

             何のことかと言えば、博物館で所蔵する美術品を作家別にあいうえお順に展示していくという試みだ。何年か掛かって全体をカバーしようというものだ。50音順で展示することから大辞典問う名前を付けた。同時に、作品や作家にまつわる情報を世間に広く募集するという取り組みが付け加えられる。現在の展示が「さ」行だった。

             

            ☆バックヤードの見学

             

             博物館が所蔵する美術品の倉庫を少しばかり見学した。汚破損やカビなどの被害を防止し、盗難に対処する神経質な管理体制を聞きながら、例外中の例外だと釘を刺されて見学した。確かに所蔵品の保管スペースが足りないということが良く分かった。

             

            ☆塩谷定好写真展

             

             3コマ目の研修は、地元の高名な写真家、塩谷定好の作品を鑑賞した。学芸員が駆け足で行う説明を聞きながら眺めて回った。塩谷定好は、植田正司の師匠のような存在だった。カメラもフィルムで機能はかなり落ちる。そういうカメラで撮影した作品は、昨今の写真家が生む作品とは全く異なる。オートフォーカス自体がない。焦点がぼやけた作品もある。それを、現像の段階で手を加えたりしたそうだ。

             

             学芸員にいろいろ聞きながら鑑賞するうちに、展示作品の多さから参加者が散らばって、誰に対して説明しているか分からなくなった。そこで、私が「、皆さーん、こっちに集って」と呼び寄せた。

             昔読んだ写真の本「瞬間伝説」のことに触れると、学芸員も反応を示した。読んでいるなと分かる。そこで記されたキャパのことにを聞く。これも良く分かっていた。そういう一コマもあった。

             

             塩谷定好もやったそうだが、写真家が人を撮影するとき、立ち位置や顔つきなど被写体に注文を付ける。植田正司は「演出写真」という名称を有名にさせた。ところが、その後戦場などの生死の際で撮影する写真が評価されるに従って、こういう手法は評価されなくなったらしい。それは、一つの流れなのだが、改めて聞けば耳に新しい。

             

             最後に博物館側が、美術館建設に関するこれまでの取り組みや、今後の予定を一気に説明した。4時に全体の予定を終えて雨の中帰途に就いた。あられも私もずいぶん疲れた。昨日からの連チャンだからやむを得ない。夕暮れの中市役所の帰着してそのまま解散した。タケ

            | レジャー・探訪 | 21:48 | comments(0) | - | - |