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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
雑用と休息、農政委員会
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     2020.1.20(月)曇り。ほぼ終日曇り空だった。どんよりと空が曇り、夜明けが遅かった。6時起床。長男が出勤した後、書類の整理と雑用に時間を当てた。慌てて雑用を消化するのは、明日から暫くそういう仕事が出来なくなるからだ。

     

     手帳に当面の用事をメモしていた。以下、羅列すると、

     

    (顕獣賃龍┻腸餞愀

    ・未加入サークル宛の加入勧誘文書を作成する

    ・加入団体の代表者宛に今後の日程を文書で通知する

    ・合同発表会会場の予約をする

    ・町長と教育長の発表会初日の日程を押さえるよう公民館長に依頼する

     

    ⊃綸脹椎請塙膣愀

    ・決算書類のを作成する

    ・総会資料を作成する

    ・総会来賓への案内文書を送付する

    ・組合退会者へ支払金と徴収金の精算書類を渡す

    ・農協金融課に、農機ローンの返済計画を伝える

    ・町の税務課に組合員ごとの収支を報告する

    ・組合員宅に総会案内文書を配布する

     

    0伯と関係

    ・銀行口座を開設する

     

    こ曾于拜塙膣愀

    ・総会の日程を決めて、組合員に連絡する

    ・会場の予約をする

     

    イ△訌塙膂からの照会

    ・農業共済へ照会して説明する

     

    δの作品展

    ・出品作品を民芸実習館に搬入する

     

    Я蠡慨愀

    ・戸籍謄本を請求する

     

    ┰戸遒虜酩陛

    ・区民宛案内ビラを印刷して自治会長に渡す

     

     手帳の1ページにこれだけメモを記していた。朝食後、書類作成や印刷、封入など作業を追い込んで飛び出した。午前中に、´△硫疊召鉢キΝЛ┐鯤夘佞韻襪海箸出来た。自分でもよくやったと思う。

     

    ☆休息

     

     午後、時間が空いた。そこで、柿の剪定作業でもしようかと思案するがあられに止められた。夕方には会合がある。明日からしばらく入院だ。ゆっくりしたら、ということだった。夕方まで自宅で寛いだ。

     

    ☆農政委員会

     

     久々の会議だ。今日は、新年度に開催する青年農業者への研修会について話し合った。具体的な形がまだ決まっていない。出来るだけ早期に開催案に辿り着くべく時間を掛けている。

     

     冒頭、委員長の挨拶で先日の日本海新聞の記事を取り上げた。片山元県知事の記事だが、地方創成が進まない訳を的確に表現していたものだ。行政の施策は住民を巻き込まずに空回りしているという側面と、住民にしても地域を盛り上げるために犠牲や努力を惜しんで一体的な運動になっていないという側面の両方があってのことだという。

     農業問題にしろ、その他のいろんな課題取り組みがこういう構造でとん挫しているのではないか、というのが私の感想で、此処を何とかする工夫をするべきだと述べた。

     

     今日も実に悩ましい話し合いになった。というのは、議事に対する意見が2時間の間まとまる気配がなく、各自が思い思いに様々な意見を述べる。方向性もバラバラで、議長役の委員長としては述べやれた意見の整理や方向性を引き戻すのに苦心した。ある意見について他の委員に振るとまた違う見解を述べるという具合だ。

     

     ところが、会議の終了間際に出たある意見が大いに役立った。それまでに出た意見を集約するような、そして研修会の運営が上手くいきそうな提案だったからだ。好き放題に意見を出したことが無駄ではなかったという感触も得られて一気にまとまりそうな気配に変わり、今日の会議を終了した。ゼロから生む苦労は相変わらず続けている。

     9時で終了して帰宅した。疲れた会合だったが、次の会合で話し合う方向性が定まったことに安堵するのだった。タケ

    | 食べ物・健康・日常生活 | 07:43 | comments(0) | - | - |
    文化団体協議会役員会
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      1月16日〜17日までJA主催のバス旅行に参加した。早朝慌てて飛び出した関係で、公開を忘れていた。

       

       2020.1.15(水)雨。降り方に波があったが、ほぼ終日降り続いた。午後には予定が無く、久々に脚立に上って柿の剪定をしようと考えていた。だが、天気がそれを許さなかった。

       雨中、長男を送る。夕刻帰社時も降って、迎えに走った。瓶ごみの日で、長男を送った帰り道に寄って搬出した。風雨の中、立ち当番の女性が一人、雨具を着込んで勤めていた。ご苦労様と声を掛ける。当番の班は分かっているが、雨具の中の女性が誰か分からなかった。

       

      ☆血圧を測る

       

       不細工な話だが、2週間ほど医師の勧めで降圧剤を飲んだ。その間、一度しか血圧を測っていなかった。その時の数値は、服薬を始める数値と同じだった。(何だ、薬の効果がないではないか)と思う。2,3日間眩暈もどきで服薬を控えた。これではいかんと思い今朝起床前に珍しく計測した。すると、数値は十数年前の標準よりやや高めの数値だった。(何だ、そんなに高くないではないか)と思った途端、服薬の必要性を感じなくなった。暫く起床前に計ってみるが、私の場合安静時と活動時の血圧がかなり違うことになる。

       

      ☆文化団体協議会役員会

       

       出発時刻まで自宅で待機した。雨が時折あられに変わって屋根に積もった。朝食の間に外で何度か「ドスン」という音がした。屋内だと、2階であられが勢い良く動くとそういう音のすることがある。だが、家の外だ。訝るうちに長男が2階の窓を開けて確認した。あられが屋根に積もっていた。それが瓦の上を滑って落ちた音だった。こういう一コマもあった。夜が明けてからはほとんど雨だった。寒さだけは終日残った。

       

       少し早めに会場に向かった。今年最初の会合だった。昨年のうちにほぼ年間行事を終えている。来年度の行事は3月に話し合って総会で決定する流れだが、今年はかなり早く話し合いの機会を設けた。それには訳があった。年間行事の中で合同発表会の開催については、会員の個人的な都合が大きく影響する。昨今、個人の予定はかなり早く決まっている。そのために昨年の開催では会場の予約や、会員の出席など様々な面で行き詰まった。反省会では、早めに予定を組んで貰いたいという要望があった。

       

       各役員は、当然そういう背景は熟知している。早めに予定を立てて諸手配を齟齬亡く進めておく。そのうえで最終決定を行う手順にするために、可能な範囲で検討を重ねた。会議は従って1時間半も要した。

       

       まず、新年度の総会開催までの日程を決めた。総会に来賓として出席してもらう町長や教育長の日程を調整できるように候補を3日設けた。

       昨年実施した行事の変更点を確認したり、協議会の活性化のために新たな行事を提案したり、更には未加入のサークルに対する加入勧奨を行うことなどかなり精力的に話し合った。私が感心したのは、現体制では提案に対して止めておこうという意見が出ないことだ。かなり前向きな執行になった。

       11時半に終了して私は一路帰宅した。

       

      ☆個食

       

       帰宅すると丁度昼食時だった。あられは知人のグループで外食に出かけて行った。あられが用意した食材で昼食を摂った。湯を沸かしたものの、料理をレンジで温めるのを忘れた。冷たく、固い食感だった。食べながらそのことに気付いた。

       

      ☆雑用

       

       午後少し居眠りをした。雨中郵便局に出かけた。陶芸教室の関係で業者への送金があったからだ。南夫ことはない。役員会の後で寄る積りが、忘れて帰宅したためだ。ついでにトラックの給油で行きつけのスタンドに回る。簡単にして帰宅した。

       

       電話が2本入る。一つは農家民泊の打ち合わせをしたいというものだ。相手は役場の観光交流課で、取り組みが遅すぎると自分の見解を述べた。関係者の日程と調整の結果、21日の午前中に決まった。この日は入院する日で、11時までには終えるように頼んだ。

       

       農協金融課から、営農組合の融資のことで聞いてきた。返済方法はどうするかというが、話を聞けば聞くほど訳が分からなくなった。その話は済んだと思っていたが、と問い返すと一旦電話が切れた。夕刻に雨の中自宅訪問を受けた。3パターンの方法が図に描かれていた。いずれを選ぶにしても、役員会ではっきりさせる必要がある。月曜日の回答とした。

       

      ☆諸手配

       

       文化団体協議会役員会で決定した集まりや日程について、会場の予約や関係者への連絡をした。ノートに取ったメモを見ながら押さえて行った。

       

       時間が遡るが昨日のことだ。あられが近くの畑に行ったとき、フキノトウを見つけた。1月のことで、暖冬と言えども余りに早い。自然界の全てがこういう調子になるのではないか。それにしても、フキノトウの天ぷらはまだ食卓に出ない。タケ

      | 食べ物・健康・日常生活 | 20:37 | comments(0) | - | - |
      とんど祭り、県立美術館建設応援部会、因伯と総会
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         2020.1.13(月)晴れ。天気は良かった。だが、気圧配置の関係で強風が吹いた。凄まじい風でとてつもなく寒かった。とんど祭りの櫓が倒れないかと懸念した。

         

         6時過ぎ起床、朝食を摂る。先に長男が続いて起きた。長男には、とんど祭りの準備を手伝うよう頼んでいた。午前7時半、集落内の放送をする予定だった。気付いたときは既に定刻を過ぎていた。慌てて集会所まで急ぐ。まず放送をする。長男には、門松の解体を頼む。放送が終わると二人で門松の残骸をトラックに積み込む。時刻は8時前だった。順簿開始が8時半で、一旦帰宅、時間待ちをした。

         

         風が強くギリギリまで待った。8時15分頃長男を伴い祭りの現場に赴くと、既に数人が櫓を立てる準備をしていた。風が強く、青竹が簡単には立たなかった。数人で竹を一本ずつ持ちながら、藁縄や針金で支柱に括り付けて行った。先端をまとめて括った5本の竹がどうにか立ち上がった。丁度9時のことで、すぐに点火イベントに取り掛かった。

         

         小学校の高学年から2名を選出して、点火用のたいまつを持たせる。先端には布を巻いて灯油を滲み込ませていた。気温が低く風が強い日はチャッカマンなどの点火ぬに苦労する。持参したバーナーは炎が出か掛かってもすぐに消えた。天下に他戻りことを心配したが、今日はしみ込ませた灯油が効いた。僅かな炎でも灯油が発火してすぐに大きい炎になった。風が強いことで一旦ついた火は大きく燃え上がる。

         点火は予定通り行われ櫓は勢いよく燃え上った。炎が流れる風下側の燃え方が激しく、櫓はまもなくその方向にあっけなく倒れた。気になったのは、燃えカスや火の粉が強風ではるか遠くまで飛ばないかということだった。少し離れたところには農業用ビニールハウスがあった。どうにか事なきを得たようだが、火の粉で参加者の何人かは、上着に穴が開いたようだ。

         

         PTAが賄う豚汁をすするが、それでも今朝はかなり寒かった。強風にあおられる炎のそばで暖を取る。反対側になる背中に強風が吹きつけると身震いをする。そういう過酷な環境だった。

         

         終了後は、行事の責任の責任者として全てのものを燃やし切るまで残った。1時過ぎ、ひと段落して帰宅した。強風の中で2時間以上過ごした体への影響は大きかった。暖房を入れて温まるとたちまち居眠りを始めた。

         

         昨日始めて感じた眩暈もどきの感覚は今日も無くならなかった。降圧剤が効いてどうも必要以上に血圧が下がり、全身への血流が弱くなったせいだと結論付けて、今朝から服薬を止めた。この感覚が続く限りは降圧剤が効いていることになる。

         

        ☆麺立美術館建設応援部会

         

         立ち上げから5回目の会合になる。令和元年度最後の会合で、今日の議題は、,海譴泙任粒萋阿凌兇衒屬蠅叛萋の業者選定のプレゼンテーションについて、規約作成、2馮顱↓い修梁勝△箸いΔ海箸世辰拭

         

         会議の細部は省略するが、プレゼンテーションに参加した3つの企業は、実は全国的にもかなり有名な業者で、そのことが非常に誇らしいということだった。そのことは理解できた。選定された業者の公開は15日だそうだ。

         

         規約は、この組織が今後継続して活動する限りは不可欠なものだった。内容について議論が紛糾したが、最終的にはほぼ原案通りで決着した。

         応援団部会の総員は100名近いという。今日出席したのが24名で、平日暇な人がこのくらいということが理解できた。ただ、この中にはかつて、製作活動や芸術関連の役職など地域で活躍された方が多く、その方たちの発言にはどうしても付いて行けなかった。大人しく話を聞きながらノートにメモを取った。

         

         途中で紛糾したのは、意見の対立というより自己主張のすれ違いという趣きで、以前からの人間関係の悪さを引きずったようなものだった。何となく目立とうとしている人や、お互いに反目している人間関係などが言葉の端々に伺えるのだった。流石にこれには驚いた。芸術を携わる人たちは自己主張が強いのかと。

         結局、そうしたしがらみからは部外者である私が口を挟んで、流れを止めた。3時半に会合が終わった。議事の内容に対して時間は掛かったことになる。早々に会場を後にして私は次の会場へと向かった。

         

        ☆因伯とグループの新年総会

         

         町内のある喫茶店で開催した。総会の後は夕食懇談の予定だった。と州でコンビニによって自分の分のアルコールを調達した。

         会場に到着したのは予定の事項を若干経過した後だった。既に総会は進行していた。車はあられに運転して帰らせた。

         

         総会の内容は、今年度の作品展の運営だった。新会長が細部まで検討した資料を提示して丁寧に話し合った。場所や日程が決定して、その他は検討するの留まった。

         懇親会では、店の賄料理を味わい、大いに歓談した。私が直前の会合のことに言及すると、意外な事実が判明した。議論の中心になったある人が、実は因伯との一人のメンバーの中学時代の担任だったという。その頃の思い出と、今日の私の印象は重なるものだった。

         

         散会後はあるメンバーに自宅の近くまで送っていただき、帰宅した。8時のことだった。タケ

        | 食べ物・健康・日常生活 | 08:00 | comments(0) | - | - |
        とんど祭りの準備、箱罠の設置
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           2020.1.12(日)曇りのち晴れ。想像より天気が良かった。早くから目が開いた。6時には起き出してコーヒを淹れた。長男が少し遅れて起きだしたが、あられはなかなか起きて来なかった。

           午後に崩れることを心配して予定した作業を午前中に取り組むことにした。昨日結構な量を飲んで酔いがなかなか抜けなかった。今朝、不思議なことに酔いは残っていなかった。だが、妙なことに終日眩暈をしそうな気分になった。二日酔いとは違う。思いついたのが降圧剤の影響だ。投薬を受けるとき、副作用が無いかを聞いた。医師は、時に眩暈のような気分なるかもしれないと答えた。だが、どういうときにとかいう詳しい話はなかった。そこで勝手に考えたのが、酔いで弱った体調に薬の副作用が出たということだった。しゃがんで立ち上がると、頭の芯が酸欠のような気分になった。

           

          ☆とんど祭りの準備

           

           早く起きたのは理由があった。明日のとんど祭りの準備があったからだ。7時前に空の段ボール箱を抱えて自宅を出た。ようやく夜が明けたところというタイミングで、家々の中にはまだ明かりのついていない家もあった。(早すぎたかな)という懸念が閃いたが、構わず取り掛かった。段ボール箱を集会所の前に置く。放送室に入って連絡をした。冒頭、「日曜日の早朝にお騒がせしますが、、」と前振りを入れた。自分としては冗談のつもりだった。

           

           放送を終えて帰宅すると、ある役員に電話を架けて竹切りの作業に誘った。8時現地集合とした。

           青竹は、もがりといって雌竹(真竹)のことだ。孟宗竹のように太くない。まっすぐ伸びて櫓状に組みやすい。それを5本確保する。

           その他にも、燃料代わりにする太めの竹も何本か調達して準備が終わった。これを所定の場所に運んで今日の準備を終えた。

           

          ☆猪のこと

           

           竹切りで現地に赴いたとき、すぐ近くの梨畑で剪定作業をする農家がいた。隣の集落の人だが、猪の捕獲ではいろいろ相談していた。最近姿が見えなくなったことを言うと、竹林の中ではないかという。筍の芽を掘って食べようということだが、まだ1月だ。そもそも目が出る時期とは思わない。「暖冬で筍も早く出るのだろうか。」と問い返す。

           

          ☆猪の箱罠

           

           昨日までに長男に協力を頼んでいた。午後にと伝えて午前中は気楽にさせていた。ところが、朝から気が変わり午前中に設置を済ませられないかと考えていた。

           竹切が9時だったものを8時にして早く終わらせた。正午までに時間が確保できた。長男にそういう話をすると午前中でも良いと了解してくれた。

           

           箱罠は、解体してパーツを転がしていた。それを場所を変えて設置する。一人でもできないことはないが恐らく今の私の体力では、相当の努力と時間を要する。設置するのは、ついこの間まで散々穴を掘っていた時の進入路だ。以前の獣道は全く使われていない。

           

           運搬も組み立ても二人でやれば随分と楽だった。組み立てを終えると11時半のチャイムが鳴った。その帰り道、午前中に竹を置いていた場所に寄った。持参した草刈り機で周辺の草を刈った。とんど祭りで大勢集まる所が草茫々というのでは情けない。気付いた私が刈っておくことにした。草刈りはすぐに終わって帰宅した。

           

          ☆外食

           

           帰宅するとあられが昼食の用意をせずに我々の帰宅を待っていた。「昼食は?」と聞けば、「外食すると言ったでしょう。」それで思い出した。今朝私がそれを提案していたのだった。うっかりしていた。

           3人で出掛けてPAYPAYで支払った。戻しのあるうちはその方が得だというのが長男の意見だった。つまり、長男におごってもらった。

           

           午後になっても眩暈もどきは収まらず、結局は自室で大人しく過ごすことにした。書類の整理や資料の作成などだ。明日は早朝からとんど祭りの準備と開催だ。午後は二つの行事を掛け持ちする。忙しさに、夕食時あられに言う。生きていくことは疲れる。忙しさにお疲れ気味だった。タケ

          | 食べ物・健康・日常生活 | 07:20 | comments(0) | - | - |
          県議の新年会出席
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             2020.1.11(土)晴れ。終日これまでなかったような快晴に恵まれた。農作業日和というべきか。今日は、終日新年会への出席に当てることになっていた。ある意味では、休息日のように考えた。

             長男は、土曜日だが出勤した。祝日が多いこの頃は、土曜日が休日にならない。

             

            ☆新年会

             

             10時前に、会場となる旅館のマイクロバスが迎えに来る。地域ごとに数台のマイクロバスが乗客を拾って回る。時刻より少し早めに自宅を出た。関係者もその傾向で、乗車場所の近くでバスを待った。

             ある人の話では、こうした議員の後援会組織は年々高齢化して、やがては人数が減ることが懸念される。後援会も若手の加入が必要という。同感だ。

             

             会場には随分早めに到着した。会場の外の待合席で待つ。そこにお茶の接客があった。茶菓子と抹茶だ。昨年までとやや違う気がした。

             

             新年会の進行は、概ね昨年と同じだったが今年は太鼓や踊りのよきゅが加わった。それが場のムードを一気に盛り上げて、挨拶が済んだ会場はかなり騒々しくなった。飲食が進むうちに、テーブルを回る人たちと言葉を交わす。

             県選出の国会議員が2名出席していた。私は、両名の苦労をねぎらう言葉と共に、政治の潮目の変化を口にした。変わるかもしれないので、辛抱して頑張ってほしいと。その意味は二人共よく理解していた。

             

             町長には、農業委員会の次期体制のことなど話した。県議の関係者で親戚図時の女性に出会った。良い人が居たら紹介使途欲しいと頼んだ。農協の常務を見かけて話を聞いた。自分の中でははっきりしないことがあった。確かめるとやはり間違いなかった。大勢の参加者のなかで、見知った人は少ない。新しく知遇を得るというところまで精力的にはなれなかった。新年会の飲食は、思ったより早々と幕を閉じた。

             

            ☆二次会

             

             この時間帯が長かった。町内に戻るバスに乗った面々は殆どがそのまま帰宅する構えはなく、昨年と同じ喫茶店(夜はスナック)で下車した。そこから夕方の4時まで、飲み、語り、唄いまた飲むという時間を過ごした。日頃顔を合わせても、踏み込んだ話が出来ない。こういう場でこそ自分の思いをぶつけることが出来た。農家民泊のこと、文化団体のこと、農業委員会のこと、家庭での介護のことやある夫婦のそもそもの馴れ初めのことなど。

             

             我々の外に一般のお客さんも加わる。その中に年配の夫婦がいた。夫の歌もさることながら、奥さんの歌が素晴らしかった。同席した面々が賛辞を贈る。そこで聞いた夫の話が興味深かった。奥さんがリンパの病を患い、医師からは寿命の話までされたそうだが、それがどういう訳か好きな歌を歌うようになって病状が改善し、今では治癒したのではないかということだった。医学の力ではなく、歌うという行為の成果ではないかということだった。人間の体の持つ神秘な力というべきか。

             

             帰宅すると酔いが進み、就寝するまで抜けなかった。タケ

            | 食べ物・健康・日常生活 | 07:28 | comments(0) | - | - |