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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
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年の瀬、「萬法帰一」
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     2018.12.31(月)曇り、一時雪。天気は快方に向かっていた。用事はないが、やや寝坊してから起床した。体感が寒い。外を見れば、昨日雪かきをした玄関先がそのままだった。

     夜中の神社参拝とお寺詣でがあるだけで、特にすることがない。そんなことを考えながら暖をとる。部屋が温まるまで寒い。

     

    ☆片づけ

     

     年末らしいことと考えて、片づけを思いついた。使ってそのままにしていた農機具などを納屋の中の所定の場所へ納めた。雪かき用の器具を代わりに外に出す。それらは直ぐに終わって、屋内に戻った。大分室内が暖まった。

     

    ☆プリントの受け取り

     

     昨日ネットで予約したプリント3枚を受け取りに出かけた。注文して6日たてば注文自体が無効になると表示されていた。

     再び長男を伴って出かけた。別の店に寄り道するためだ。

     

     店に入り、プリントを受け取る。そこに農協の前組合長がやって来た。声を掛けて店を出た。長男の用事を済ませて帰宅した。本当にこれで今日は用事がない。

     

    ☆農業収支の計算

     

     ふと思いついたのが農業収支の計算だった。確定申告に先立って農業部門での収支を計算して、それを含んだ総合課税処理をする。レシート類が多く、エクセルで集計資料にまとめる。長男にそれを言うと、集計を手伝って呉れるという。関連のボックスから資料を集め長男に渡すと早速入力を始めた。

     

    ☆同級生の死

     

     エクセルへの入力を見守っているとき、電話器が鳴った。同級生の一人からだった。今年1月に悪性新生物のステージ4が発覚、余命何か月という診断を受けて、以来抗がん剤治療を受けていた同級生が今日息を引き取ったという。詳細が分からないという。

     

     飲み仲間の何人かに連絡を取るが要領を得ず、結局本人宅へ出かけることにした。3人に声を掛けて4人で向かった。家族に出迎えられ、故人に対面する。末期の苦しみを感じさせるものが見られなかった。安らかな表情で、奥さんの話では苦しまず静かに息を引き取ったようだ。

     焼香の後、お茶のもてなしを受けながら二人の弟さん、奥さん、息子さんを交えて故人を偲んだ。

     

    ☆葬儀参列の準備

     

     亡くなった同級生は同級会の幹事の一人で、10名余りの飲み仲間グループの一人だった。2人の仲間と近くの喫茶店にしけこみ、打ち合わせに入った。

     連絡の分担、香典の額と生花の負担割合などをコーヒーを飲みながら話し合った。話がまとまると、帰宅してからそれぞれ連絡を取り合う。葬儀場に生花の注文をした。一人一人の負担額をメモに残す。こうして4日午前中の葬儀に参列する段取りを付けた。

     

     帰宅してパソコンを覗くと、そこには農業収支の計算結果が表示されていた。(有難い。)予想通りの赤字額だった。震災被害の復旧で倉庫の建設費とトラクターの更新費用を7年間で経費に分割計上するためだ。

     

    ☆大みそかのお参り

     

     私にとっても恒例となった神社とお寺に参拝する。年末特番で、サスケを観終わってから長男と神社に向かった。深夜の上空は星が煌めいて目を見張った。放射冷却なのか、路面は既に凍り付いて足元は滑りやすかった。溶けずに残った雪の上の方が安全だった。

     総代が、年の変わる合図として社殿で太鼓をたたく。その音が集落内まで届く。例年と比べて夜半の出足はあまり良くなかった。

     所定の作法を済ませて、焚火のそばで暖を取りながら総代を労う。そこに佇む人たちに長男を紹介してから私だけが神社を後にした。

     

     集落の中にある檀那寺では新年の法事が行われる。今年は、どういう訳か出席者が極めて少なかった。般若心経の読経に唱和して、焼香の後厄払いを受けた。少ない出席者とともに飲食のもてなしを受けて、帰宅したのが午前2時を過ぎていた。

     

    ☆「萬法帰一」

     

     一連の行事の後で住職による説教があった。今年の言葉が「萬法帰一」だった。字のとおり、あらゆる存在や現象が根源の一に帰るという意味だが。住職は、これについて大変分かりにくい解釈を披露した。なかなか言葉で万人が理解できるようには説明できない。言葉を選んでその意味をよくよく考えて見ると、どうしてこの言葉を選んだのか戸惑った、という言い訳があった。

     

     唐の高僧、趙州従諗(じょうしゅうじゅうしん)「趙州録」に「萬法一に帰す、一何れの処にか帰す」という禅語があり、それが後に公案として採用されたものだそうだ。

     当然、この言葉に対して、一は何処に帰るのかという疑問が湧く。それに対する直接的な答えが分からない、ということになる。

     

     住職の説明では、仏教が万物の根源は無だと教えていることから考えると、物の価値や様々な概念は絶対的なものではなく、そうありたいと望む気持ちが作り出したり、物事を相対的にとらえた結果として感じるものだ。一つ一つの現象や思いはばらばらで、時に対立することもあるが、それはそれとして振り回されることなく、もっと大切なものを見つめよと問いかけている、のだそうだ。

     

     正直分かったようで分かりにくい。まあ、1年かけて言葉の意味を思い出しながら、何か感じるところがあるかどうかだろう。目先のことに捉われず、見つめるところを誤らない、というのがポイントか。タケ

    | 食べ物・健康・日常生活 | 11:23 | comments(0) | - | - |