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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
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陶芸家の葬儀、柿の施肥削り
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     2019.2.27(水)曇り。終日曇りになった。最低気温はやや高めだったが、その後の気温の上昇が少なく、結局冷え冷えとした天気だった。葬儀に向かう9時過ぎでも、6度という寒さだった。

     

    ☆体の違和感

     

     起き抜けとその後しばらく違和感があった。ちょっぴりふらつきを感じた。頭の後ろの方が二日酔いの後のような感じだった。

     友人知人にこのところ病で倒れる人が多く、今日もそんな陶芸家の葬儀に参列する。まさか自分がクモ膜下出血などということはないだろうと思うが、やや気になる。シャキッとした目覚めにならなかった。手の指を動かしてみる。特に支障はない。耳も目も不都合はない。

     あられに言うと、「お疲れさんでしょ。」と受け止めは軽い。「フラフラしたら、救急車を呼んで。」「自分で呼べないときは?」こんなやり取りをする。考え過ぎだろうか、これが何かの前兆ではないだろうかと心配したが、やがて違和感が薄らいでいった。寝不足とか、目の使い過ぎとか働きすぎとか、そういうお疲れさんだと思う。(長男は、よく電波やブルーライトの影響を指摘する。)

     

    ☆陶芸教室

     

     私が葬儀に参列する関係で、陶芸教室は欠席した。代わりにあられに鍵の開錠や連絡係を頼んだ。5月の野外研修の日程変更や、活動日の変更などだ。

     

    ☆陶芸家の葬儀

     

     少し早めに陶芸教室の会長さんと出掛けた。葬儀場は人気が少なくやや閑散としていた。係りからの案内で最初に席に着く。開始までに時間があった。棺の蓋を開けて故人に手を合わす。

     開始時刻が近づくと、会場は混みあうという係りの前触れのとおり人があふれた。会場内に入れない人たちも大勢いた。

     入院治療の噂を聞いていた。だが、今日の参列者は誰も詳しくは知らなかった。喪主の挨拶で知った病名は、「多発性肝機能障害」だった。それ自体は良く分からなかった。

     

     発病が昨年の3月だという。昨年の2月に、県中部で「手しごと展」という展示会があった。中部地区の工芸作家の合同展示会だ。

    その中で故人に出会い、言葉を交わした。陶芸に関しては全く次元が違う立場だが、これまでに何度もお世話になって最近の作陶の成果などを聞かれた。

     それから1年後の逝去は余りにあっけなく感じる。

     

     焼香を終えて、通路に佇む喪主とその家族に悔やみの言葉をかけた。そして、急逝への驚きと、実は私と同い年だということを付け加えた。

     

    ☆思わぬ面会

     

     誰かと言えば、人間国宝の前田昭博氏だ。葬儀が終わり会場から外に出るときに直ぐに目に止まった。これまでなら、その姿を認めるだけで終わったのだが、今日は閃きがあった。この間、突然の電話を架けた経緯があった。お願いは都合で叶えられなかったが、この際私が電話の主だと名乗って顔を覚えてもらう。それが今後のお願いに有効だと感じた。近寄って名乗る。その記憶は新しく、すぐに「ああ、あの電話。」という反応だった。突然架けた電話の失礼を詫びながら、今後折りがあればご厚意を戴くようお願いした。こういう機会が直ぐにやって来るとは思いもしなかった。まるで、故人が引き合わせされたかのようだった。

     参列者の中には県下の陶芸家が多かったようだが、あまり顔を知らない。

     

     お経を知らないまでもこのところの葬儀が全て曹洞宗だった関係で、端々の言葉が記憶に残っていた。長いお経だった。導師は倉吉市にある定光寺だ。このお寺は、永平寺のすぐ下にある格の高い寺院だ。この辺りでは諸寺の頂点に位する。

     出棺を待たずに会長さんと帰途に就いた。

     

    ☆役場へ

     

     明日が提出締め切りの書類があった。昨日に取り纏めが終わり、今日のうちに提出することにした。担当課で係を呼んでもらう。昼食後は職員が大体揃っている。書類を渡す。

     

     その後で、鳥獣害担当の係を呼んでもらい、わが集落での防止取り組みに付いて連絡した。農事組合として取り組むことがポイントだが、捕獲の際の奨励金の受け取り方法を確認する。その後で、集落が接続する山での最近の捕獲実績を尋ねた。

     H29年度は0匹で、H30年度が3匹だという。驚きだった。そんなに少ないのか、であれば、残る個体数は遥かに多いということになる。3匹のうちの1匹が私の捕獲分だ。これだけ私は個人レベルで取り組んでいるのに、全体はこんなものかと呆れるばかりだった。物事の実態が押しなべてこんなもので、行政は何事かやっているというが実態がこういうことだと痛感した。

     

     総務課に回る。集会所に設置した消火器の入手先を聞いた。ホームセンターでも売っているらしいが、ポンプ会社を紹介された。そして、経費に対する補助申請書を受け取る。こういうことではないかと勘繰って相談した結果だが、その通りだった。

     

    ☆罠の確認

     

     罠を仕掛けると、直後に掛かっているかもしれないという気になる。普通それはないのだが、そんな気になるものだ。昨日に設置して、今日役場から帰宅後、確認に出かけた。掛かっているかもしれないという緊張感は、現場を回るとすぐに消えた。要するに昨夜に関しては全く現場に来ていない。周回するコースがあるのかも、というのが農事組合役員の一人の弁だ。

     

    ☆柿の粗皮削り

     

     掛かっていないことを確認して、そのまま粗皮削りに取り掛かった。今日は余り作業が進まなかった。というのは、通りがかりの訪問者に声を掛けられて雑談ばかりしていたからだ。

     

     隣の畑の農家がやって来た。夫が除草剤散布で妻が粗皮削りだった。圃場前の表示を目にした奥さんが罠のことに気付いた。隣の地主でもあり、罠を設置したことを説明した。知っておいて貰う方が都合が良い。

     

    ☆ゴミステーション設置

     

     4時と決めて、勤務のない自治会役員が集まった。近々設置することが決まったゴミステーションの設置場所の整備を検討するためだ。昨日のある役員が茫々の藪を刈り終えていた。土地の全貌が明らかになると皆言葉が出なかった。地面の高低差が大きく、大量の土砂の撤去が必要なためだ。取り敢えず、上物のサイズに合わせて序面の区画割りをする。工法を話し合うが、意見が分かれた。人手では無理だというのが結論で、重機の手配を検討することになった。

     この頃には、冷え込みが厳しくなる。検討を終えて散会した。

     

    ☆集落の有志の会合

     

     集落内に「話さあ会」という有志のグループがある。昨年から立ち上がったボランティアの会だ。元々は、社会福祉協議会が企画した「まちづくり協議会」で当面の目標として、全集落で居場所づくりの立ち上げを目論んだ。居場所とは、高齢者が日常的に立ち寄り、時間を過ごす場所のことだが、集落内の賛同する人たちが協力して取り組む仕組みだ。

     町内全体では足並みがそろわない。わが集落ではいち早く取り組んで、今日の会合では今年度の取り組みを話し合うことになっていた。

     

     私はこれまで、町全体の協議会に参加するだけだった。必要なら意見を言おうと考えてあられと共に出席した。思った以上に意欲的な集まりだと感じた。余り意見を述べる必要もなく、時折意見を述べた。意見を聞くにつれて、いろんな発想があることが分かった。それらが活かされる方向で意見の一致をみるのは、実際は難しい。特に目的性の定まりにくい集落での話し合いはそうだ。今日は、最終的に上手くまとまった気がする。その分私も役割を担うことになった。集落外だけでの活動だけでなく、内部でも貢献が必要だと腹をくくる。タケ

    | 食べ物・健康・日常生活 | 07:15 | comments(0) | - | - |