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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
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テレビの廃棄、倉吉博物館口座(9)
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     2019.3.3(日)曇り一時雨。午前中はずっと曇り空だった。だが、山には行かなかった。何時降り出すか分かったものではない。さらに、今日片づける用事があった。

     

    ☆陶芸教室への転入申し出

     

     昨夜のことだが、突然思わぬ電話を貰った。相手は、町内の別の陶芸サークルのメンバーからだった。わが町には陶芸を楽しむサークルが二つある。二つの旧町が合併する前はそれぞれの町のサークルだった。合併後も10数年別々のサークルで活動を続けた。

    「折り入って相談したいことがあります。」と切り出された。何となく、そのニュアンスから内容の察しが付く。

     

     もう一つのサークルは、正直私たちの平均レベルより製作技術が上だと思う。我がサークルは年々新しいメンバーが加わっているからだが、相手のサークルは新規加入はなく、高齢化などで減少の一途を辿っていた。

     相談に対して勿論私が一存で了解する訳にはいかない。わがサークルの運営内容を説明して、転入後も円滑に活動が出来るようにすること、それ以上にこちらのサークルのメンバーが同意するかどうかが問題だった。

     取り敢えず日時を決めて面会することにした。会長さんにそのことを告げて、ひとまず様子を見ることになった。

     

    ☆テレビ受像機の廃棄

     

     今年から私は集落の公民館主事になった。2年以上前に中部地震で公民館のテレビが破損した。壇の上から床の上に落ちただけで液晶部分が破損した。以来当時の役員は放置したままだった。55インチの液晶テレビだった。

     

     長男に手伝いを頼んだ。2階から階段を下りながら搬出するからだ。家電店が開店する時刻を見計らってトラックで出かけた。二人だと積み込むのは簡単だった。これに、我が家に残っていた14インチのブラウン管のテレビも積み込んだ。

     

    ☆消火器の交換

     

     少し前にホームセンターに問い合わせて、消火器の交換の可否を聞いていた。公民館には、1階と2階にそれぞれ消火器が設置されていた。出来れば今日、それらの交換も済ませたかった。テレビを搬出した後で消火器を点検したところ、あることに気付いた。消火器本体に貼られたシールに、消火剤の交換日が手書きされていた。記録したのがポンプ会社で、交換を依頼すれば済むことが伺えた。(これだ、やるべきは)それで、今日の処は予定を変更した。明日にでも消火剤の交換を依頼することにした。

     

    ☆従姉の訪問

     

     家電店から帰宅すると来客があった。東京に住む従姉が、実家の法事で帰省していた。そのついでに立ち寄ったもので、昼を挟んで雑談をした。このお宅と、もう一軒地元の親せきが今年は母親の3回忌を迎える。雑談の中で知ったのは、このお宅が今日法事を済ませたこと、そしてもう一軒も今日済ませたはずだという。ごく身内だけで済ませたようだ。まあ、それはそれでどうということはないのだが、そのようにするという話が無かったことに違和感を禁じ得なかった。

     午後1時を迎えて私は予定のために自宅を後にした。

     

    ☆倉吉博物館講座(9)

     

     こういうものがあることは以前から知っていた。だが、それに出席したことはなかった。今日、出席することになったのは、先日陶芸教室の活動中に対面した方から、ぜひとも出席してほしいと頼まれたからだ。それは、講座で取り上げられる作家が、その方の親族だったからだ。恐らく、出席者が少ないと危ぶんだためだろう。

     

     ところが、会場にやって来ると、雨模様ににも拘らず予定人数をはるかに超えていたのだった。博物館側が当日用意した資料が50部だったが、足りなくなった。至急追加で80部を印刷したそうだが、それでも足りなかった。

     会場は、湯梨浜町にある浄土真宗の勝福寺だった。確か、母の実家の菩提寺だ。本堂が、参加者であふれかえった。

     

     何故この寺が会場に選ばれたかと言えば、まず昨夏の菩提寺だったこと、そして作品がこの寺に納められていたからだ。

     作家の名前は、仲倉裕明氏だ。倉吉市の三大仏師の一人で、昨年1月に68歳で亡くなった。主な作品は、

    これらだ。大きいものが70センチ余りある。桧や楠材の一本堀が多い。

     

    ☆製作方法

     

     昨年に亡くなるまで弟子入りをしていたという石賀善章氏が作品について説明された。主な作品は、まず粘土で成形する。これを作品の予定した大きさに拡大または縮小する。その方法は、比例コンパスという器具を使って、粘土の像から木片に印をつける。その印をもとに削る。

     生年を資料で見ると、同級生だった。だが、記憶が無かった。

     

    ☆石賀氏に聞く

     

     仲倉氏の作品を眺めているうちに閃くことがあった。同じような仏像をわが町の美術展で見たことがあった。昨年の美術展で、賞を得た。当然の結果という技術レベルの高さを感じていた。講座の予定が終了した後で、石賀氏に話しかけた。「ひょっとして、、、」「そうです。」「やっぱり。」そこから幾つか質問をした。

     

     仏像製作で使用する材は、大体が檜か楠の木だそうだ。柔らかい材で、木目のあまりない部分を使うそうだ。刃物について聞く。最初はのみで粗削りをする。その後彫刻刀で細部まで削り、仕上げは切れ味の良い刃物で表面を薄く削る。

     最後に、また機会があればよろしく、と意を伝えて後にした。雨は止んでいた。まだ夕刻には時間があったが、何かをする元気はなかった。タケ

    | 食べ物・健康・日常生活 | 07:46 | comments(0) | - | - |