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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
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通院、草刈り
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     2019.5.28(火)雨のち曇り。早朝は止んでいた。燃えるゴミ出しの日で、定刻の6時前に搬出した。既に2袋が目の前にあった。今にも降りそうな空模様だった。

     営農組合の副組合長に電話で相談する。今年は、いろいろ栽培上の工夫をして取り掛かったが、このところ急に問題が発生して、全ての工夫が実現可能かどうか危ぶまれてきた。工夫した内容は結構混み入っていた。ここはひとつ発想を転換して、無難な栽培方法に戻すべきではないかというのが、私の考えだった。同意は容易に得られた。その旨を連絡文書に追記して配布することにした。

     

    ☆通院

     

     前立腺の関係で昨年から定期的に通院している。まず、投薬を受ける必要がある。一回の投薬が2か月分で、亡くなる頃に通院日が決められる。間隔を置いて血液検査をする。PSEとかいう検査項目の数値をチェックするためだ。昨年のドックで、前立腺腫瘍の疑いを掛けられてからこのパターンが続いている。

     

     9時受診の処、8時半に泌尿器科に着く。少しでも早く受診して次の駆動に移りたかった。先客が2名ほどいて結局は、予定通りの時刻になった。

     医師は、問診と、若干の触診をして今日は終わった。「あれ、血液検査は?」「次の受診で。間隔を開ける。」そういうことだった。

     

    ☆写真を受け取る

     

     2組目の民泊で撮った写真をネット注文していた。引き取って、生徒たちに送る。病院での診察を終えて、薬局で投薬を受けた後、キタムラまでやって来る頃、雨が降り始めた。10時になっていなかった。シャッターが下りたままでその前に先客が一人立っていた。そういうことだった。早く済ませても結局は同じことだとようやく分かった。

     写真を受け取るとすぐに帰宅した。この頃は雨が降り始めて、何もできない状況だった。

     

    ☆書類の配布

     

     早朝に内容を修正した書類の配布があった。出来るだけ早く届けて連絡しなければならない。目前に迫った田植作業に関する指示書だった。田植機のオペレーターや作業員の分担を表示していた。

     雨中、トランクで各戸を回った。駐車可能な場所に車を停めて、走って回った。

     

    ☆草刈り

     

     雨の中帰宅すると電話が架かった。副組合長からで、雨の中でも草刈りをするという。人手不足で営農組合では、最小限の作業で良しとしたが、非組合員の農家が草刈り作業に掛かりきりという姿を観て、我々ももっとやらねば駄目だという意見具申だった。

     

     却下する理由はなく、私も同意した。ただ、私の場合は、他に用事があり、それを済ませて午後から対応することにした。

     

     昼食後の20分間、居眠りをする。心地よかった。午後1時に意を決して草刈りに出かけた。上下とも雨具を身に付ける。草刈りをするのは、田植前の水田の畔だ。畔の他にのり面も刈る。時間と体力が許す範囲で出来るだけやることにした。非組合員の圃場との境界や、用水ののり面、健康面から作業が出来なくなった組合員の圃場など、特別な意味のある箇所を選んだ。

     

     3時間、3か所を刈って打ち切った。私が草刈りをしている間に、あられには郵便局で写真を送るよう頼んだ。

     

    ☆文化団体代表者に電話を架ける

     

     これまで代表者会議に欠席だった団体がいくつかあった。会議の結果を書面で送って、次の対応を促していた。だが、そうした動きが無いため、私の方からアプローチした。

     

     初めての電話が多く、素性から名乗って切り出した。概ね意図した内容を理解してもらったが、発表会での参加は大半が出場できなかった。だが、それも止むを得ない。今は強引にならないことが肝要だった。

     それにしても、かつて協議会を構成する文化団体数が35団体を数えた。高齢化による消滅の他、協議会からの脱会などで今や25団体に留まる。衰退期といっても良い。

     電話を架けた後で、離れて行った団体を数える。噂で新たなサークルが生まれていることを聞く。これらを協議会に引き込んで、再び隆盛を迎えることが可能かどうか、考えるうちに眠れなくなった。

     

     いろいろ対応事項があり、心身ともに疲れを感じた。今日、長男は残業なしで早く帰宅した。あられは、明日迎える生徒たちに供する食事のメニューにに余念がなかった。タケ

    | 食べ物・健康・日常生活 | 06:18 | comments(0) | - | - |