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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
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平成31年(令和元年)を振り返る
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    ◎1年間を振り返る

     

     昨年までは月単位で出来事を振り返ったが、今年は年間を通じて分野ごとに振り替えることにした。

     

    ☆年明け

     

     新年を迎えた檀那寺での講和のテーマは「萬寶帰一」という言葉だった。分かるようでわからない奥の深い言葉だった。昨年に古希を迎えた。次の誕生日までが古希だ。古希で言えば中学の同級会を今年開催する。

     

    ☆知人の逝去が相次ぐ

     

     古希とは直接は関係ないが、年を重ねると周囲で逝去される人が多くなる。それを今年も痛感した。年末に届く新年の挨拶を遠慮するという通知で、本人逝去が増えてきた。

     同級生が二人亡くなった。一人は同級会の幹事で、パソコン作業のできる幹事だったため、以後の作業が私一人にかかって来た。もう一人は、美術関係の地元の名士で、県立美術館にしろ、町の文化団体協議会にしろ帰するところの多い存在だった。

     

     懇意にしていた窯元が亡くなられた。葬儀で初めて私と同い歳だと知った。窯元は長男が継いだ。独身だったが、その後彼の個展で尋ねると、既に既婚者だった。話が決まっており、父親の病状の為49日経過まで待ったそうだ。

     

     中学時代に先生が亡くなった。長生きをされた方で、その割には教壇を降りてからの活動を知らなかった。やはり葬儀で、数々の地域への貢献ぶりを知らされた。こちらが長年郷里を離れていたからで、晩年は時々スーパーマーケットで買い物中に出会った。

     

     最も逝去の影響を受けたのが文化団体協議会会長の急死だった。数日前まで健在だったことを覚えている。逝去を受けて会長のポストが空席になった。それに合わせて事務局長も引退を申し出て、協議会が解散の危機を迎えた。運よく新会長候補が浮かび上がったが事務局長候補が見当たらず、状況より私が後任に名乗りを上げた。それにはここ2,3年の経過が影響していた。会長も事務局長も早くから辞意を固めており、後任の選定が進んでいなかった。引き留め策として私は万一の時は私が事務局長を引き受けるからと約束して引き留めていたのだった。今年一年で、新たに加わった任務の負荷は少なくなかった。

     

    ☆長男の就職

     

     昨年度1年間、帰郷して静養に努めてきた長男が地元企業で就職した。あられのふとした繋がりから申し込んで採用された。地方の片田舎では例を見ないような学歴を積んでいたが、精神的な原因がもとで1からの復帰になった。条件など都会とは比べようもないが、職業や人生は本人のものであり、望んで職に就いた。以後1年目としては元気で頑張っていたようだ。親としてはこのことが大変喜ばしい。

     

    ☆農業に苦戦

     

     農業は、米作を基本にしつつ梨と柿の果樹栽培を行っている。米作は集落で任意組合組織を結成して取り組んでいるが、栽培技術の拙さを年々感じている。今年は特に天候不順の影響や圃場管理の拙さで収量が少なく、規模の小さな組合では農機にかかるコスト負担に喘いでいる。専業農家がいない組合の哀れなところで、協力体制や技術の向上が急務だ。当面組合長である私の指導力が問われそうだ。

     

     果樹の梨は今年酷い目に遭った。野生動物の被害に晒された。猪よりもカラスの被害が酷く、必要数に満たない収穫だった。贈答先や個数の調整が必要だった。猪の被害も少なからずあった。今年の効果的な対策が浮かばない。

     

     一方農作業とは別に、農業委員として、集落の農事組合長として、更には水田営農組合長として農業の維持や立て直しにかなりの苦労をした。滅びゆく農業や農地を以下に立て直すか、大変難しい問題だ。

     

    ☆健康不安

     

     一昨年から通院している前立腺肥大の投薬治療の外、新たに高血圧対策を内科医の勧めで始めた。さらに、大腸ポリープが見つかり、除去手術を行う。見つかった2個のうち1個は慎重な措置を必要として、日を改めて新年に再度行う予定だ。ポリープは昨年に続いて発生しており、腸内環境に気を使わねばならない。

     

    ☆県展入選

     

     今年も工芸部門(木工)に出展して入選を果たした。しかも、拭き漆の回数を20回やり遂げた関係なのか、受賞候補に含まれるという過去最高の評価を受けた。その後の製作活動が鈍り、現在は今年度の帰趨を危ぶんでいる。

     この他にも、町内の美術展でも別の木工作品で奨励賞を受賞し、木工製作では成果の多い年だった。

     

    ☆農家民泊

     

     関西方面の修学旅行の中学生を4組集中して引き受けた。合計14名の男女を毎週4週間に亘って農業体験や町内観光などお世話した。前年が1組だったのに比べるととんでもなく慌ただしい対応を求められた。

     子供たちが満足して帰って行く姿を観れば、ひと時疲れが報われたような気がした。後々各学校から一人一人のお礼状が届き、思い出と達成感だけが残った。

     

     もう一組、わが町と交流のある滋賀県湖南市から一組4名を受け入れた。こちらは過去に宿泊の経験者で、お互いあまり気を使わず楽しむことが出来た。

     

     これまでは、倉吉市関金町が主体の引き受けへの協力という形だったが、新年度はわが町が主体で引き受けする場面が発生しそうで、にわかに暗雲が立ち込めそうな気配になっている。

     

    ☆文化団体協議会を担う

     

     H31年始に協議会会長さんが逝去された関係で発足した新体制で、私が事務局長を担った。初めての経験で、前任者に相談しながらとにかくよく働いた。そのお陰か、従来通りの行事を無難に消化することが出来た。収穫と言えば、協議会に属するおじいさんやおばあさんとの知縁が増えたこと、役場の生涯学習課とのパイプが太くなったことだ。

     また、協会未加入の団体に対しても折に触れて加入勧奨を行った。最盛期は35の団体で構成されていた協議会も、現在は25団体に留まる。高齢化による活動停止や、活動や団体運営の停滞などが退会を促進させた。

     

     わが町の文化団体協議会は、県下の市町村でも活動が目立っている。それだけにこのまま衰退の一途をたどりたくないという思いで事務局を引き受けた。団体ごとの層を厚くしながら、協議会が生涯学習の推進に多々貢献できるようにしたいと考えている。

     

    ☆「因伯と」グループの展望

     

     H30年度に引き続いて、R1年度も倉吉市の淀屋住宅にて作品展示会を開催した。開催に伴う運営面でも私がかなりの部分を担ってきた。まずまずの経過をたどっており、今後の展望に拍車を掛けたい。県中部地区の素人芸術家の交流の場になっており、メンバーや展示規模の拡大を念頭に置いている。

     地道に広く人縁を築いて、交流の場を広げるのも使命だということを共有している。

     

     その他にも、琴浦熱中小学校や県立美術館建設の応援団活動など、偶然関係を持った取り組みが多くなっている。日常の時間調整が窮屈になったが、それぞれの取り組みで得られる人間関係から、これからの自分にとって日常は得難い経験やきっかけ、人縁などに触れることが出来た。そういう意味で、大変有意義に過ごせた1年間だったと感じる。残る課題は健康管理だ。タケ

    | 食べ物・健康・日常生活 | 15:40 | comments(0) | - | - |