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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
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大晦日
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     2019-2020(深更)雨のち晴れ。このひとコマを、特別にブログの記事にした。まず、あまり寒くなかった。身震いをしながら神社に向かう正月ではなかった。小雨が降り続く。傘を差してのお参りになった。

     あられも長男もなかなか腰をあげなかった。先に行くと告げて一人で神社に向かった。参詣者はかなり少ない。道々出会う人が少なかった。80数段の階段を一気に登る。足は大丈夫だったが少々息が切れた。

     

     階壇を登り切ったところで12時の時報が聞こえた。そこに居合わせた人たちと新年の挨拶をする。神社の横で焚火をする神社総代に声を掛ける。小雨状態の中で勢いよく燃える火の粉が風に流される。衣服にかからないように注意をする。お神酒を頂き神前に玉ぐしをささげる。

     あられと長男がやって来たのは、私が次に向かおうという時だった。ここでも、「先に行く」と言い残して檀那寺に向かった。

     

     お寺では、0時半から新年を迎えた行事が行われる。まさにその始まりの段階で本堂に辿り着いた。住職自ら受付をしていた。先客が1名、隣の集落のおじいさんだけだった。今年も私と二人だけかと思いながら、般若心経を唱えているときあられと長男が遅れてやって来た。

     

    ☆「一無位真人」

     

     厄落としの後、住職の講話を聴く。今年住職が選んだ言葉は「一無位真人」だった。

     唐代の禅僧、臨済義玄禅師「臨済録」にある最も有名な説法の主題の一つ。臨済禅師は彼の地の臨済宗の開祖で、栄西禅師が我が国に広めた。

     「真人」とは「真実の人」のことで、「生身の体には名も付けられない真人がいて、常にお前さんたちの眉間から出入りしている。まだ見届けていないものは、しかと見よ。」というくだりがある。

     

     私たちは、男女の別とか、財力・貧富の差とか、学歴や社会的な地位の違いとか、そういう上辺の位に捉われて、なかなか人間の本質とか、人間の真実を見つめたり、向き合って生きることが出来ない。

     月日の経過は儚くあっという間にやって来て、権力者も、政治力でも、親戚・友人でも、忠実な部下も、妻や子も、財産も、命を助けることはできない。日々、よくや束縛によって見えなくなっているので、いただいた命を自分の心の眼を惑わすものから開放して、囚われのない自分を見届ける。

     

     このあと、屠蘇を頂き住職と雑談をする。その部屋に立てかけてあった巨大な書の説明を聞く。「愚者一得」巨大な額装の書だ。

     長男が、史記の中の言葉だという。これには感心した。その前に「賢者一失」という言葉があって対になっているという。

     1時間足らず此処で曹洞宗の話を聞いて後にした。

     

     帰途空を見上げると満天の星座が煌めいていた。僅かな時間で快晴に変わっていた。タケ

    | 食べ物・健康・日常生活 | 10:39 | comments(0) | - | - |