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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
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JA主催「ほのぼの旅行」に参加
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     2020.1.16(木)曇り時々晴れ。今日から明日にかけてJAが主催するほのぼの旅行に参加した。行先は、丹波から亀岡、そして福知山で狙いはNHK大河ドラマにゆかりの地の先取りをするものだった。「明智光秀」ゆかりの地を巡るものだ。

     

     例年この旅行には参加していなかった。今年はたまたま任期を終える柿生産部の役員がお互いを慰労する意味で参加を決めたもので、私もその一員となった。正直、訪問先にはほとんど興味がなかった。光秀にしてもある程度の知識は持っている。役員相互の親睦の意味だけで参加した。

     

    ☆集合

     

     8時集合とされていた。早めにと考え、夜がまだ明けやらぬ7時30分に自宅を出発した。体感として寒い気がした。想像以上に寒い場合を想定していつもより防寒をした。

     早すぎたのか、集合場所にはあまり人が居なかった。少しづつ、時間の経過とともに参加者が集まった。参加者には、お味集落のおばあさんの外町内の見知った人が多かった。平日のことでもあり、参加者は暇な人が多かった。総勢35名、バス1台だった。

     

     山陰道から9号線、北近畿豊岡自動車道、舞鶴自動車道を経由して丹波地方に到着した。丹波という地域はややこしい。京都府丹波市というところがあるかと思えば、兵庫県丹波篠山市もある。丹波という昔からの地名が、京都府と兵庫県に跨っているためだ。

     丹波篠山市は、前は篠山市とだけ言ったそうだ。2年前の住民投票で丹波篠山市に変えたそうだ。

     

    ☆やすらぎの郷

     

     市内の食事処に到着した。温泉を供えた食事処だが、団体客として出された昼食には目を剥いた。というのは、料理のメニューに全く観光らしい食材も彩も、目玉も何もなかったからだ。旅のポイントが食事だというのは通説だが、あまりに質素な昼食だった。

     柿組合の面々は早速ビールを飲み始める。私も仲間に加わり、半ばやけ酒のように飲んだ。このことから、この度の旅行に対する期待感が萎んでしまった。

     

    ☆篠山城

     

     光秀ゆかりの地の一つ目だ。篠山城大書院というのが相応しい。城という名前で呼ぶのだが天守がない。大書院だけだ。火災で焼失した後で再建したものだが、以前のものを再現している。ガイドの話を聞いてよく理解した。

     本能寺の変の4年前に丹波攻略を命じられ、領地として与えられた。築城に当たっては、信長が配下の大名約20名に銘じて6か月ほどで完成させた。天守の建築は不要として大書院のみとなったという。

     

    ☆大石酒造

     

     旅館に投宿する前に、近隣にある酒蔵を訪問した。ここでも旅行客はいろいろと土産品を買い込んだ。やや小ぶりな酒蔵だった。

     

     宿に着く前にバスで長距離を走った。車窓から眺める景色は観光地の景色ではなかった。中山間地の景色で、農地は段々畑が殆どで、しかも近年耕作が出来なくなった農地もあちこちに認められた。どう考えても丹波篠山藩5万石は貧しい藩だった。光秀は悔しかっただろう。しかし、藩主時代には、税の免除や河川の改修工事に着手するなど善政を行った。

     

    ☆湯の華温泉「渓山閣」

     

     宿は昼間の食事処のようではなかった。まずはひと安心する。同部屋の面々が揃って入浴、宴会に備えた。

     宴会は、まずまずだった。大いに飲み、会場は盛り上がった。自室に戻ると、皆これ以上飲む元気を失い雑談をしながら眠りに就いた。タケ

    | レジャー・探訪 | 21:50 | comments(0) | - | - |