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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
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鳥カル研修会「戦後の鳥取美術と文化」
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     2020.2.28(金)晴れのち曇り一時雨。今朝は定刻に起床した(出来た)。鳥取市で行われる研修会に参加する予定で、出発時刻まで自宅でいろんなことをして過ごした。

     

    ☆北栄文芸の原稿を見直す

     

     昨日ほぼ固まった原稿を今朝改めて眺めてみた。夜より朝の方が頭が冴える。その結果、やはり修正箇所があった。少しはましになったと思う。テーマは「ベンチャーに学ぼう」だ。

     

    ☆鳥カル研修会

     

     鳥取県の文化団体連合会が、年に一度程度行う県下に向けた文化的な研修会だ。目的は、文化的な学習を通じて得た知識などを活かして一層の文化的な取り組みを推進することを目指ものだ。研修の冒頭に事務局長が、述べるのを聞いて納得する。ただし、今日の研修会の出席者は少なかった。席の数を数えて120以上ある会場に約30名しか集まらなかった。わが町からは、協議会の会長と私の2名が出席した。

     

    ☆県文連への挨拶

     

     県文連の事務所を訪れ、会長さんから紹介してもらった。県文連の会長さん、事務局長、そして事務員の女性と名刺を交換した。これで、鳥取市に出向いたときには寄り道が出来る。事務所が入っているのが、県の生涯学習センターで、別名を県民ふれあい会館という。

     

    ☆講演

     

     講演をしたのが、鳥大地域学部の准教授だ。テーマが、「戦後の鳥取美術と文化」だった。戦後は、1945年から1970年代までで思ったよりかなり古い。具体的には、毛利彰というイラストレーターと、スペースプランというミニマムアートのグループが取り上げられた。生い立ちから経歴、更に取り組んできたアートの活動を詳細にわたって説明された。鳥取市を中心に活動したアーティストで、中部や西部の人達にはなじみが少なかった。それだけにそうしたアーティストや活動を知って感銘を受けるのだった。

     

     毛利彰は悠府kな家に生まれたが、震災や大火、加えて家族の死を得て極貧生活に陥る。そのために志を貫徹できなかったが、子どもの頃から現した絵画の才能は素晴らしいものだった。中学生時代に大人の作品に交じって県展に入選したという。

     

     スペースプランというのは、京都で結成されたミニマムアートのグループが米国に招かれて評価を受けて後、何故か鳥取に戻って活動を展開した。全13回の展示会を開催して活動を閉じた。

     ミニマムアートというのは、表現を抽象化して最小単位まで落とすという方法を指す。その結果、装飾がそぎ落とされていく。定義も制約もない表現で、何をどう表現したという説明もない。見た人が感じるままに見るというものだ。クリストという海外の高名なアーティストが居るが、わが国ではこの種のアートは一般の人には人気がない。

     かなり古い時代にこういう試みをした人たちがいたことは驚きだが、観客は殆ど無いまま、歴史化もされなかったという。

     

     講義の内容は実に面白かった。県下の故事を知ったような気分になって満足するのだった。終了後会長さんと共に一路帰途に就いた。

     

    ☆行事の中止

     

     研修の途中で2件の着信があった。県の文化政策課と町の農業委員会からで、予定されている行事の全部あるいは一部の中止や延期を伝えるものだった。昨日の政府の急な要請に今日反応が出た。やむを得ない。

     

    ☆文化団体協議会役員会

     

     鳥取市での研修会を終えた後は、夕方の役員会に時間を合わせるように喫茶店で時間調整をした。見方を変えれば、こうした休憩タイムでも相互に意思疎通を深める機会にもなるのである。

     

     6時前に役員会の会場に戻る。既に、一人の役員が到着して待っていた。今日の議事は、7月の合同発表会に向けて日程の再確認と、代表者会議や新年度総会の運営内容、資料関係の確認だった。再確認の項目が多くすぐに終わる予定だったが、結局1時間半を要した。

     帰宅すると既に家族は夕食を済ませていた。世間は学校の突然の休校を決めて、会議や行事も中止か延期になり始めた。政治が、オリンピックの中止を回避するために強権発動したようだが、この段階まで中途半端な対応しか講じなかっただけに唐突感が拭えない。タケ

    | 趣味 | 07:22 | comments(0) | - | - |