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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
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県中央柿生産部総会
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     2020.3.23(月)晴れ。昨日が今日なら良かったとうらやむような好天になった。田の乾燥が進んだことは間違いない。

     正午前から予定があった。それに備えて朝のうちはのんびりと過ごした。

     

    ☆都市計画審議委員

     

     営農組合の作業日誌が在庫切れになっていた。既に作業を開始しているが組合員に配布していなかった。細々とした対応が重なると何かが抜ける。

     公民館を訪れて印刷をお願いした。その間に文化団体協議会が町から受ける助成金の事業報告について書式の相談をした。見本を受け取る。

     

     印刷が終わって、役場からの封筒を受け取った。中身は、文化団体協議会に対する委員の推薦依頼だった。何の委員かと言えば、都市計画審議委員という。何だこれは。勿論公民館で聞いても詳しくは分からない。

     帰宅して役場に照会した。理解したことは、「都市計画」が下水道事業を指すということだ。わが町ではそれくらいしかない。だが、下水道はほぼ100%普及しており、審議会で話し合うことがない。聞けば、2年間は審議会が行われていないそうだ。話し合う必要がないからだ。だが、法律と制度が審議会の設置を定める。委員の任期が2年と定められており、任期切れの度に選任を行っている。

     

     因みに文化団体協議会から選任された委員名を聞く。当時の事務局長だった。であれば、今回は私がということになる。全てを理解した。報告締切が3月末だったが、4月1日に役員が集まるため、1日まで待ってもらった。会議があるかないか分からない審議会の委員なら問題はない。

     

    ☆中央柿生産部総会

     

     県中部には柿生産部が2つしかない。倉吉市と中部3町の生産部だ。柿農家の減少と、選果機の故障によって合併を繰り返して来た結果だ。従って、現在では2生産部の部長2名ずつ、合計4名が集まる。農協の関係部署から関係者が加わると合計で3倍ほどのメンバーになった。そこでも新たに部長と副部長を決めると、4名を全員振り分ける形になる。あまり意味のない組織化だが、上部組織に上がればそういう役も必要ということになる。ややこしい。

     

     すでに各生産部での総会を終えているが、2つの生産部を合計した数値で説明をが行われると。別の実績や計画を見るような気分になる。

     一通りの説明の後、質疑を行った。私の目を奪ったのは、出荷する柿の割合で、2Lサイズ以上を70%、赤秀等級を60%という基準だった。昨今の状況から判断すれば頭上高く掲げられた目標だった。とても達成できそうもない。選果基準でつじつま合わせをすれば、全体の出荷量が萎んでしまう。かなり高めの基準を設定した理由は、県がそのくらいの基準を設けているからだという。良品生産が単価や販売金額を上げる条件だというのは分かる。各生産農家に徹底することの難しさを痛感する。

     

     倉吉市の生産部との合併話が3,4年前から浮上している。だが、諸事情があり検討が進んでいない。今日もその話に及んで相互の生産部の実態を話し合うと、私には思いもしなかった課題を知らされるのだった。全体の生産部長ということになれば、倉吉市の生産農家への影響力も考えなければならない。斜陽化している生産部を担う難しさが拭えない。

     

     会議の終了後、関係者が4名で近くの喫茶店にしけこんだ。雑談の中でいろんな情報を交換する。次の会議の予定やことごとに連携を密にすることの約束などだ。しばし歓談して散会した。

     

    ☆訃報に伴うドタバタ

     

     帰宅するとあられから、ある人からの電話が告げられた。電話を架けてほしいという依頼が残されていた。

     用件が分からなかった。架け直して分かったことは、元勤務先のあるお客さんが亡くなったそうだ。逝去に伴い遺族から手続きなどの要請を受けたという。何の手続きかと言えば、保険金請求だ。電話で相談してきた人は、大昔にセールスをして亡くなった人に保険加入を頂いていたそうだ。セールスは退職してから長くなるが、遺族には加入時に募集をしたセールスがサービスの相手だった。

     

     既に高齢となり、お世話も何もできなくなったセールスには、かつてお世話になったという負い目から、訃報の確認や、間をおかずに手続き説明などの対応がなかったことを叱責されてパニック状態になったという。電話口での話しぶりがそうだった。

     

     本人の気持ちを落ち着かせて、関係する営業所に連絡を取る。現在そのお客さんを担当するセールスから電話を貰う。話を聞けば既に夕刻の段階で手続きの案内をこれからする手はずになったという。

     最初のおばあさんに電話を架けて、既に対応が進んでいることを知らせる。そのおばあさんは、責められたことが忘れられないらしく、自分の役割は既に終わったことを遺族に説明してほしいと請い続けた。だが、もう気にするなと諭す。高齢だろうが、引退していようが情報に敏感であれば個人的なアドバイスや然る部署への連絡は出来るはずだった。

     そんなこんなで、各方面に電話を架け続けて振り回されたのだった。

     

     夕食を挟んでその後も何件かの電話が入る。訪問もあった。やけに今日は慌ただしい。タケ

    | 農業 | 07:11 | comments(0) | - | - |