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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
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田の整備、輝太郎柿苗の申し込み、集落の楽しもう会
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     2020.5.26(火)晴れのち雨。予定では3時頃から雨となる見込みだった。今日からいよいよ田植準備の追い込みになる。その殆どは圃場ごとの対策だ。

     

    ☆田の整備

     

     自宅に近い圃場の整備が出来ていなかった。取水口と排水口を整備する。取水口は水が入りやすくスコップで掘り、取水を留めるときは完全に止められるようにする。装置がない場所では土嚢を作って止める。

     排水口では、出口に土嚢を積み水漏れが無いように周囲を土で固める。足で踏んで強く固める。畔だけしかない圃場では全てこの措置を施す。スコップで土を肥料袋に詰める。ビニールひもで強く縛ると額から汗がタラタラと流れる。重労働ではないが、汗が流れる。今日はそういう天気だった。

     

     2番目の圃場であることに気付いた。ある組合員が散布した除草剤がそろそろ効き始めた。ところが、そういう箇所が限定的で、本人から聞いていた全体に散布したという言葉が信じられなくなった。内心忸怩たる思いで取り急ぎ整備を終える。

     すぐに帰宅して除草剤を調合する。田植までの日数が少なくなるため、すぐに除草剤を撒こうと決めた。兎に角散布を終えた。

     

     朝から取り掛かった作業が9時が限度だった。9時半に農業普及所の普及員と会う。果樹担当でこの間から考え始めた輝太郎柿の植え付けのことだ。

     

    ☆輝太郎柿のこと

     

     ポット苗がまだ残っていた。100本ある。県中部地区で輝太郎柿の栽培拡大が目的で、先に苗を育て、栽培する農家を探すというやり方だった。モデル圃場という位置づけで、補助金も出るようだ。ただし、そのためには継続が義務付けられる。

     

     集落内に不耕作となった農地がまとまって残る。一体に雑草が生えて見た目も悪い。そこの草を刈って耕耘すれば栽培が可能かどうか、まず普及員に見定めてもらう。可能であれば申請するという話だった。

     

     近くで落ち合い問題の休耕農地に案内する。結論は可能ということだった。当然耕作地に戻す必要がある。面積は、2乃至3反はあるということで、100本の苗は十分植えることが出来る。申請することにしたが、これらの農地は地権者が10人以上になる。その取り纏めも必要だが、昨年に同じような話で意向を確認している。問題は、私が一人で受け持つのは負担が大きいこと、そして、数人で組合形式にした方が多くの地権者を相手にしやすい。利益がどのくらい出せるかも不明だ。一方で、農業委員としては不耕作農地の有効活用が任務でもある。集落にとっても輝太郎柿の産地らしくなることは有意義だと考える。

     私が代表として集落の有志で取り組む形にした。

     

    ☆輝太郎圃場の視察

     

     実は、ポット苗を普及所が供給するのが今年初めてではない。2年前からと取組で、2年間で植え付けをした圃場を視察することになった。一人は町内の若手梨農家だ。もう一人が前任の生産部長で、もうすぐ80歳になる方だ。それを思えば私などはまだまだ若い。

     植え付けから2年目と3年目だ。幼木ばかりが60本とか100本が並ぶ。ある意味壮観だ。現地を視察して元の場所に戻る。今月末までに競合農家が現れなければ我々がモデル園を担うことになる。

     

    ☆田の整備を続ける

     

     視察を終えて普及員と別れる。再び田の整備に戻った。主に取水口の確保だったが、かなり条件の悪い圃場があった。取水口に土が詰まり、いろんな器具で土を掻き出したりして隙間を作った。昨年まで別の組合員が管理していた圃場だった。

     一区画を整備して午前中は切り上げた。

     

    ☆仲間を募る

     

     輝太郎柿のモデル園が出来ると、維持管理する組織が必要だった。取り敢えず、申請が進めば担い手としての体背を明らかにする必要がある。そこで、柿出荷組合員や現に自家消費用として栽培をしている人たち数人に声を変えた。言い方は、背景を説明して、取り合えず名前を貸してくれということだ。出来るときに出来る作業をしてもらえればよい、作業員は組合員でなくても構わない、と。そうして数人の名前を借りることになった。

     

    ☆北栄文芸の投稿を済ませる

     

     暫く温めていた原稿を見直してメールで送信した。題は「地震列島に生きる」だ。

     

    ☆自宅で拭き漆作業

     

     正午前から雨が降り始めた。野菜には恵みの雨だ。午前中に散布した除草剤が聞くかどうか気をもむ。外での作業が出来なくなり、自宅で時間を潰す。しばらくぶりで拭き漆作業をする。仕掛中の作品が多く、全ては出来なかった。器に生漆を垂らす。それが無くなるまで続けた。

     マスクや手袋を外して手を洗う。顔の周りが重苦しい空気に包まれたような気がした。漆にかぶれたかな。

     

     夕方用事を思い出して外出した。役場支所、ガソリンスタンド、そしてリサイクルショップと回った。リサイクルショップで古本を買う。

     崋靴弔硫餤帖廖|唹羝予瓠―険兌卻幻

    ◆屮侫Дぅ好譽后雰抻訥K賄捗襍沙課特命担当・一柳美結)」  沢村鐵 中公文庫

    「家康、江戸を建てる」 門井慶喜 祥伝社

     

     

    ☆集落の楽しもう会

     

     コロナ対策で自粛が続いていた。7月に予定していた行事をどうするか、が懸案だった。総メンバーの半数が集う。この間全国的な警戒宣言が解除され、やがて世の中が変わることが見込まれた。今日はそうした意見が多く、結局10月に延期することで諸準備を進めることになった。また、別の行事は暫く状況を見際めてから話し合うことで終えた。

     楽しもう会は、有志でいろんな試みを楽しむもので、基本的に止めようがどのように実施しようが制約がない。そんな中でもコロナの影響は意識せざるを得ない。タケ

    | 農業 | 06:25 | comments(0) | - | - |