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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
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「改憲論議にひと言」
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     少し前の日本海新聞に、かつて憲法学を学んだとして、改憲は禁忌ではないという投稿があった。論調としては穏やかで、それはその通りだと感じたが、違和感もあった。目下論議されている改憲時はそんなきれいごとではない。学問的な意味とは違う政治的な思惑で、秘められた意図を明らかにしないまま国民を籠絡しようとしている勢力の動きには全く触れていないために、これでは駄目だと感じて、私の見解を投稿しようと思い立ったのだった。

     

     ところが、その後田植作業などで追われて時間も、また投稿原稿を製作する意欲も萎んでいた。いつの間にか忘れたようになっていたところに、突然やって来た梅雨の空き時間で思い出した。投稿までにかかった時間はごくごく僅かだった。以下その原稿だ。

     

    「改憲論議にひと言」

     

     少し前の「私の視点」で改憲の意義についての見解を拝見した。成立過程から憲法が自前のものではないとする議論が、最近では教育費の無償化や自衛隊員の心情を汲むという改憲理由まで飛び出している。その程度の根拠で憲法が変えられるものなのか、憲法の意義、言い換えれば憲法を守る意義が理解されていると言えるのか。政治的に都合の良いように権力側が変更を促す構図は、何とも危ういと感じる。そもそも憲法は誰のためにあるものか。そこが議論の出発点ではなかろうか。憲法や憲法学者のためにあるのでもない。私は改憲論議の前に、基地問題や沖縄での地位協定の改善の方が先だと考える。戦後これらの問題をはじめ従属関係は依然として続いているのではないか。その中で行う改憲論議は、歯の浮いたものにならざるを得ない。時代の変化と共に守るべき対象が多様化していることは明らかで、理念として足りない部分の微調整を施すことは国民の利益だと言える。それにしても、国民的な議論が足りなさすぎる。何故改憲なのか、誰のための改憲なのかということが正確に説明されていない。国民も無関心な方が多く、通り一遍の説明を鵜呑みにしかねない。学問的な憲法解釈と、現状の課題を述べることは理解の助けになると言えるが、改憲に傾く政治家方の話を聞けば学問的な解釈とは別次元で進められているような気がしてならない。政治の暴走に歯止めを掛けるタガを緩めようというのであれば、いかなる学説を掲げたところで空虚だ。我が国の進むべき進路を示したうえで、それが国民の権利や利益に叶うものでなければならない。そういう意味では、戦後はまだ終わっていないのではないか。

     

     10日から2週間で掲載されると思う。どういう反響があるかないか。タケ

    | 日本海新聞「やまびこ」投稿 | 18:30 | comments(0) | - | - |