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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
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木工クラブ、「素陶窯」跡地、料理教室食材提供
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     2014.4.15(火)快晴。今日も農作業日和。だが私は予定があり、明日に延ばした。あられは、一人で「認知症家族の会」に出席してくれた。夕刻は、夕食付きの会合で出かけた。そういう時にもある程度食卓の準備をしてくれるのが有り難い。


    ○木工クラブ

     私は製作途中の作品の磨きに集中した。短時間で交代して初心者に譲る。
     磨いたのはこの二つ。大きい皿は上がわ、小さい皿は下がわのみ削り磨く。
    mokkou1
     二つ並べたのは、セットにする意図を知って貰うため。
    mokkou2
     よく見れば、ロクロを回して削った跡が残る。回転させての磨きは作業効果があまりない。止む無く手で中心に向かう方向で磨く。この作業が暫く必要だ。
    mokkou3


    ○素陶窯跡地の探訪

     今日、指導者の一人から思いがけない話を聞いた。この町内でかつて工房を構えて活動された陶芸家がいた。5,6年ほど前に逝去された方だそうだ。私は全くその方を知らなかったが、かなり職人的なレベルまで極めた方だという。
     亡くなられてから工房そのものが放置されそのままになっているという。指導者の方が人縁で工房の管理を任され、整理整頓すれば随時設備や道具類が利用できる。ついては、私に整理の後で利用しないかとの問合せだった。

     ただ、使用に当たって経常費(電気代や水道代など)は負担しなければならない。そこで、その方は陶芸だけではなく木工用ロクロも持ち込み、両方で活動するグループの拠点にしようと考えられた。そのメンバーの一人として声掛けされた。
     取り敢えずその場を見学しようと出かけた。

    koubou1
     現地に到着すると、工房跡にこういう看板が掛かる。言葉の意味は分からないが、この名前を付けられたのは県下では有名な陶芸家の長谷川富三郎氏だという。親交があったそうだから、この方も相当なものだと分かる。

     工房を覗く。
    koubou2
     手前の書籍も大したものだが、その隣りにロクロが3台備え付け。小道具類が窓際にぎっしり。

     無くなる直前まで製作活動をされたようで、素焼きの済んだ作品や窯の中には火を入れるだけの作品が残る。

     2階には作品が所狭しと並ぶ。
    koubou3
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     まさかこういう工房が町内に放置されていたのかと唖然とする。この工房を利用する云々の前に、ここをどう整理すればよいか、どういう活用方法が考えられ許されるか、そのことで占められた。

     更に驚くのは、袋詰の釉薬や未使用の粘土が沢山保管されていた。勿論思いのまま使用可能だとのこと。本気でやろうとすれば垂涎の工房ということになる。

     敷地の中にかなり老朽化している建物がある。元保育園だったらしい。ここにも窯が設置され、備品が保管されていた。
     ただ、空いたスペースを、この指導者の方が最近手に入れた昔の農機具や古民家の柱や梁材が占めて足の踏み場もなかった。  
     倉庫にしていたらしい。

     現地を見て、ただ興味本位では済まなくなった。どう整理するか。故人の作品をどうするか。メンバーを何人集めるか。本当にここで遊び程度の使い方で良いのか。陶芸家からいいと言われた灯油窯の引取りのことは。今でも忙しい身体でどこまで出来るかなどなど、本来ならワクワクするところ逆に状況の重たさに圧倒された。

     指導者の方は、鍵を持ってもらっても良いと言われたが、ちょっと想像を超えた話で暫く考えさせてくださいと伝えた。
     スペアーなら歓迎だ。

     夜、そのことをあられに話しながら考えた。定年前後の私の生き方として、関係のある事柄には積極的に関わり、そこで得た人間関係を大切にする。人間関係の輪が広がれば色んな面で別のつながりも出来る。それが地元に根を下ろす前提だと思っている。
     他人の生き方にも触れて影響を受け、与え、暮らしの確かさや納得感にも繋がる。ふとした出会いや関わりは歓迎すべきで、自分の許容範囲がそのことで広がればまた新たな生き方を発見することが出来る。
     縁というものは求めて得られるものでもなく、条件が合えば舞い込んでくるものだ。その状況を瑞兆と見て活かすのが良いと思う。今日の声掛けはそのように受け止めるのが良いのだろうと。


    ○認知症家族の会

     あられは私より少し遅れて帰宅した。その前に私が3人分焼きそばを調理。もっとも野菜は切って置いてあったのだが。
     帰宅したあられは、認知症家族の会でのやりとりで愚痴を漏らす。認知の始まった家族への接し方で、生活実態をどこまで苦痛に感じるかという話になり、患者の家族の感じ方は感じる側の個人差でもあると言われ憤慨したようだ。苦痛に感じる感性に問題があると言われたように受け止めたようだ。

     先月私も一人参加して、どうも司会役の方がこれはこうですよ、あれはああですよと仕切りすぎる様に感じた。あれこれと決まったものではなく苦労はそれぞれの家庭や家族で様々に異なる訳で、一言では語れない、ましてや一言では評価できないもんだ。
     専門家が陥りやすいのが、そういう感覚を見失うことだ。私も介護の経験があります。だから、こういう時はこうするものだと思います。こういう話が往々にして専門家の口から漏れる。でもそれは違うのではないか。人それぞれが置かれた状況は他のケースで上手くいった通りに上手くいかないのが当たり前なのだが。

     あられには、気にするなという。会長さんになると、個人的にどう思っても、ああそうですかと聞くことも大切で、物事にあるいは周囲の人との間に距離を置くことを考えなくては、という。分かってる、とあられ。


    ○筍探し

     午後予定通り山へ筍探しに行く。17日の料理教室で使う食材で私が提供することになっていた。
     数日前から何度も確認に行き、手ぶらで帰る度に気にしていた。3箇所の山を目を皿のようにして彷徨い、どうにか6,7個見つけた。
    shokuzai
     大きさは、最大で30センチ、後は15−20センチくらいの小さいものばかりだった。教室の先生に内容を細かく説明して足りないようなら別途補充を考えてくださいと伝える。

     十分だと聞き、大栄地区の公民館に持ち込んだ。一つ荷を下ろし気が楽になる。

     ここ2,3日の暖かさで少し伸び始めたようだ。一旦伸び出したら、いやというほど生えてくる。毎日の食卓を筍が占めるようになる。
     帰途、ホームセンターに寄り、外れた鋸のネジを買う。そして、竹切り用の鋸も購入した。定年後、自分で鋸を買うのが初めてだった。これから生えてくる筍を、そして既に伸びきった竹林を向こうに回して最新兵器で切り倒そうと意気込む。

     支払いをしているとそこに従姉妹と叔母がやって来た。「ああ、」「ああ、」こういう感じだ。話は直ぐに父の状態に移る。かいつまんで説明する。

     帰宅するとあられが夜の会合で出かけた。夕食のおかずが用意してあった。タケ
    | 趣味 | 08:06 | comments(1) | - | - |
    タケ 様

    はじめてコメントさせていただきます東京在住の者です。
    長谷川富三郎さんのことを調べておりましてこちらへ辿り着きました。

    実は手許に長谷川さんが「素」とお書きになられたお茶碗がございます。箱はありませんが「無弟」の銘が入っておりますので間違いなく長谷川さんのものと思われます。
    しかしながら、作陶された方がどなたか全く分かりません。交流のあった河井一門の方々についても調べてみましたが手掛かりはつかめませんでした。

    昨晩、久しぶりに検索していましたらこちらの記事に出会い、もしやと思い胸が高鳴りました。

    同郷で交流があって工房の名付け親となると、こちらの窯で焼かれた可能性はかなり高いのではないかと思いました。

    そこで、下記三点についてお伺いさせていただきます。

     ,海舛蕕悩酘されていた方のお名前とできれば略歴
    ◆〇弔辰討い榛酩覆慮什澆諒欖鼻Υ浜の状態
     作品の中に絵付けや文字の書かれた品があったかどうか

    誠に勝手なお願いではありますが、お分かりになる、また、差支えのない範囲でご教示いただけると幸いです。

    突然で恐縮ですが何卒よろしくお取り計らいの程お願い申し上げます。

    | k.kamachi | 2018/01/28 11:36 AM |