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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
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農作業は道具でやるものだ、経営者とは
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     2015.7.22(水)晴のち曇、一時雨。天気予報は、九州・西日本で大雨の恐れと報じた。確かに降った。夕方、雷鳴とともに本格的な降りになった。それで気温が下がり過ごしやすくなった。(湿度は変わらない)あられは、窓を開けたり閉めたりせわしないとこぼす。

     今朝は不燃粗大ごみと小型家電ごみの日だった。昨夜から頼まれていた。量が多く、軽トラックで運ぶ。定刻を過ぎても立ち番が来ない。搬出する人も居ない。(こりゃあ、日を間違えたか)とにかく引き返した。
     帰宅するとあられが間違いないと言う。担当の自治会役員に電話を入れる。というのは、収集場所の掲示板には表示がなかったからだが、間違いないという。再び搬出に出かけた。

     不燃粗大ごみの収集は立ち当番が居ないということを知る。やがて搬出に人が集まる。ヤレヤレ。これまで、同じゴミを搬出した時は既に出されているものがあり、出した人がたむろしていたから迷うことはなかった。私の認識不足か。
     今朝引き返したのは、前に一度本当に日を間違えて引き返した事があったからだ。

    ○山へ草刈りに行く

     8時頃まで自宅でゴロゴロして、草刈りに踏み切った。刃が新しくなったことで、しかも天気が崩れる予報でどうせ時期に引き上げるだろうと踏んで出かけた。
     結論としては、10時半頃まで作業した。快晴の天気が、山に行けば曇り、おまけにポツリポツリといまにも降りそうな模様で、作業には良かった。
     2時間余で、梨畑に続く2区画を刈った。かかった時間が少なくて済んだ。
    kusakarigo1
    kusakarigo2
     セイタカアワダチソウなど丈の高い草が林のように伸びきっていた。作業前から精神的に潰れそうな景色だったが、作業自体は軽快に続けられた。理由は、新品の刃が威力を発揮した。軽くスパッ、スパッと切れる。このところ切れない刃で作業を続けた関係で、軽快感が抜群だった。

     つくづく思うのは、農作業も道具次第だということ。特に、年中農作業で追われる農家ほど道具に神経を使っているのだろう。でなければとても持たない。
     作業後、新品の刃を点検した。チップが5,6個は飛んでいた。針金や石ころ、鉄柱にぶつかる事がままあった。休耕地とはいえ、土地の整備と機械操作にも問題があるのだろう。こんな調子だと金がかかって仕方ない。

    ○初盆のお返し

     今日も初盆のお供えを持参される方があった。これから日々こういう方の訪問が多くなるだろう。手配の遅れていたお返しの注文をした。何個用意すればいいのか検討がつかない。足りない時に再注文では、3日かかるらしい。あらかじめ多目に注文して、残ったら業者引取出来るらしい。それで気が楽になったものの、多目の数とはどのくらいか良く分からない。

     後は、お寺関係だ。初盆は金額が違うとも聞く。早目に聞いておかねばと思う。

    ○企業経営者のこと

     最近、某大手家電メーカーの不正経理処理が報じられた。経営陣には不正を指示した意識がなくて、犯罪として立件は難しいというが、利益の粉飾であり、社会的信用と証券取引市場の信用問題になる。社会的な責任をとって辞任するというが、株主代用訴訟まで視野に入っているかどうか。常にそういう判断があれば、この度のようなことにはならなかったはずだ。
     いわばお山の大将よろしく、恰好をつけながら権力を振るった訳だ。

     辞任会見での発言は、私にすれば言い逃れに聞こえる。トップがこうだと言えば、大抵の会社ではおかしいと思っても社内の人間は言われたようにするものだ。常識や見識があるのだが、閉鎖組織の中では独特の理念や人間関係などしがらみに影を潜める。何故か。どうして常識が働かなくなるのか。
     社外取締役の存在意義がここにあるのだが、導入が一般的になったどの会社でも飾りのようなものだ。何故か、幾つもの会社がお互いに社外取締役になっているからだ。

     常識がブレるのは、社員や会社組織だけではない。経営者は特にその傾向が強い。我が国の会社では、上に立つ条件に人格や倫理観というものは余り関係がない。強力なリーダーシップであり、それまでに積み上げた成果や人的影響力が幅を利かす。時に、昇進競争で、他に抜きん出るため策を弄し、足を引っ張り、最大限に権力を行使する。こうして上に立つが、上に立ってから道理に目覚めて箔が付くのはまだマシだが、ややもするとそれまで以上に人柄が変わり、いびつな強権発動を立場上の責任だと勘違いする。

     そういった内面のいびつな有り様や思いというのは結構言葉の端や、顔つきにも現れる。内面がえげつないと顔つきも変わる。貧相になる。そんな思いで会見報道を見る。

     企業経営が厳しく、楽でなくなってから経営者の関心事が変わったように思う。収益を得ることが何時の世でも不可欠ながら、何が何でもと力んで度を越すタイプが多くなったと思う。年功序列から限られたパイの争奪戦を繰り広げる成果主義、当期利益至上主義と言うそうだが、先のことを考えなくなっている。自然と行き当たりばったりになる。先のことを考える仕事が評価されない。単年度評価制度には先の成果は考えられない。他人のために働いても評価できないというわけだ。

     もう一つ、先人の業績を決して否定しない。国の歴史は時の権力者によって曲げられるが、会社組織では先達の業績や評価に傷を付けるようなことをしない。問題や課題がそこにあったとしてもそれを避けて新たな視点で改革に取り組む。従って昔から延々と続く問題点は見直されず生き永らえる。改革が名ばかりになり、勢い改革の目安が業績向上になる。だから、業績向上に経営者は躍起になる。

     のし上がった経営者が先人と同じ過ちを繰り返すのは、のし上がるメカニズムに人事的な基盤として徒弟制度のようなものがあるからだ。目をかけられ、絶対の支持・信奉を誓い、昇進レースで引き上げられる。こういう図式を日本人は好む。エリートを自認する人たちは、若い時からこういう上司部下の関係を築く。

     しかし、こういう力学は、顧客や株主、そして社員に支持されるとは限らない。閉鎖的な組織内、時には密室で巣食うものだからなかなか分からない。明らかに言えることは、こういう力学のベクトルが、顧客や株主や社員に向いていないということだ。

     オリックスの宮内氏が語る。「企業経営者は、ガバナンスと企業を成長させる力の両方を求められる。後者が不足している経営者が多い。」タケ
    | 苦言・直言 | 07:47 | comments(0) | - | - |