ブログパーツUL5
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

06
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--

タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
<< 陶芸窯詰め、農業年金推進研修会 | main | 農業委員会現地確認研修、母の不調 >>
「ペンすらすら暇見ては書く」
0
     母の投稿が久々に掲載された。1ヶ月余前の退院後、夏の猛暑と重なって極端に生活の様相が変わった。畑仕事から投稿に絞ったらどうかと勧めながら筆が進まない姿を気にしていた。

     しばらくして、封筒と切手が要ると言い出した。ああ、投稿するのだなと思いつつも、母からは掲載されたという話を聞くことがなかった。
     母は、投稿前に家族に原稿を見せない。ただ封筒と切手のことを言い出した時がその合図になった。

     もう諦めたかと思っていた時、再び封筒と切手と言われた。諦めていないと知る一方で今度は掲載されないかと気を揉んでいた。しかし、その後もそういう兆しがないまま、今日(29日)、陶芸教室のメンバーに掲載された記事を読んだと教えられた。

     掲載日は7月27日だ。この日は母の誕生日だった。あられと話すのは、新聞社が特に気を使って誕生日に掲載してくれたのではないかということだ。
     この日は朝から母を病院に連れて行き、誕生日だからといって昼食も外で食べた。疲れて帰宅するとそのまま居眠りをした。この日の新聞を読む余裕はなかった。

     夕方帰宅してから母に掲載されたことを伝えた。以下その内容。


    「ペンすらすら暇みては書く」

     月日の流れに休みはない。いつの間にかこんな年齢になったのかなと思うくらいだ。忘れることは得意、字はもちろん、人の名も。

     私は年末に考えた。長男に、毎年書ける日記を買ってくるように頼んだ。幅広くしっかり書く場所のあるものをと。

     長男は、私の思っていた品物を整えてくれた。思うことがしっかりと書ける。おまけにページの横には有名人の話が一句ずつ記されている。

     この間、ふと見れば「呉竹の ふしおもしろき 言の葉に 鳴らす扇の 風ぞ涼しき」(明治天皇)とあった。

     子供の時分、明治天皇は神様のごとく尊敬していた方であったことを思い出す。
     また、「老僧の 骨さしに来る 藪蚊かな」(高浜虚子)。

     その後、日記帳は私用の練習帳みたいな存在になり、隙をみては書き、夜ゆっくりと思う存分に書く。
     また新聞は師である。良い文章や大切なこと、テレビのニュースなどでも必要に応じて書くこと多しだ。

     ペンから遠ざかる傾向はあったが、今では非常に近くなり、ペンの運びもすらすらと動く。


     内心は、漸く掲載されたことに安心したことだろう。畑仕事は体調が快復するまで自重だと言っている。この分だと、投稿に拍車がかかるかも。タケ
    | 日本海新聞「やまびこ」投稿 | 07:38 | comments(0) | - | - |