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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
関金町「つつじ温泉祭り」
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     2019.4.14(日)雨。雨が降り続く寒い日になった。昨日はいろいろ考えていた。だが、今日の天気を考えれば、仕事は何をする気も失った。今日は日曜日だ。家族で雨の中、関金町へ出かけることにした。

     

    ☆公民館の清掃

     

     あらかじめあられからプレッシャーを受けていた。公民館主事で、班長の私が我が家の代表で出ればよい、と。これまで清掃作業には出たことがないのに、と面倒臭がった。だが、腹をくくってあられと一緒に出掛けた。7時半開始の処、7時過ぎに集落の公民館へ向かった。それには理由があった。早めにやって来るおばあさんがいるからだ。

     

     公民館に到着して、ゴミ袋を広げていると、あられが言った。「帰ったら。二人も出たら何と言われるか。」本音はそういうことだった。

     帰り道、これから出かける同じ班の人達とすれ違った。

     

    ☆関金「つつじ温泉祭り」

     

     同町が町興しで行っている、町民を挙げての祭りだ。中山間地で山が多い。そこには、濃いピンク色の山つつじが開花していた。庭などに咲くつつじより時期が早い。指定された2か所以外の温泉は無料で入浴できる。雨だが、町民の取り組み状況を個人的に視察する意味で出かけた。

     現地に早めに到着すると、人では少なく、閑散としていた。路地のあちこちで店を広げるテントも、雨天で鈍った客足を反映していた。

     

     露店などで出されていたものは、多くが一般的な祭りで出るメニューで、それらを扱うのが若者たちだった。古くからのメニューは町内の婦人部などだが、高齢化でおばあさんばかりだ。

     

    ☆健康相談

     

     露店などを見て回るが、あまり興味を引くものはなかった。尿意を催して、トイレを探す。ある建物で健康相談をやっていた。鳥取短大が行っていたものだ。トイレを使った後、かなり強く請われて応じることになった。家族3人が応じた。

     

     このところ、検診で計測する血圧がかなり高く出る。いつものことだ。今日は、その中でもかなり高く、血圧計での計測の意味を疑うような数字だった。この点が嫌だった。

     骨密度やその他項目は問題が無かった。体重を測るときに冗談を言った。着の身着のままで計り、1キロをマイナスする。「携帯も財布も車のキーも持っているから2キロをマイナスした方が良い。財布は重い。硬貨が多いから。」相手にされなかった。

     

    ☆山菜弁当

     

     傘をさして歩き回るうちに腹が減って来た。11時頃だったが、ある店に飛び込んで、山菜弁当なるものを注文した。筍ご飯に山菜の天ぷらだった。汁付きで、碗の中には削ったウドが入っていた。てんぷらは、ウドやフキノトウ、ユキノシタなどなどだ。

     

     店の人と話をする。祭りの運営は、主に商店を経営する家庭のお婆さん方だ。農家はいないと言われた。関金町の歴史や、最近の街の様子、ワサビの販売店などを聞き込む。

     

    ☆入湯

     

     食後しばらく歩いて近くの旅館へ向かった。入口に入ると旅館の主人が手で風呂の場所を案内した。祭りの客は無料だった。

     

     長男と二人で男湯に入ると、先客があった。3人のおじいさんだった。湯船に浸かって話をする。倉吉市内からの客で、毎年音連れているとのことだった。その方の話では、最近は店の数も減っているそうだ。過疎化が進行する中ではそんなものだろうと思う。

     

     湯の主成分はカルシウムだと説明されていた。要は塩分だろう。ラジウムも少し含まれているようだ。湯加減は熱めだった。先の血圧のことがチラついて、急に不安になった。だが、特に問題は起きなかった。

     

    ☆ワサビの店

     

     あちこちで聞いてその店にやって来た。入口に営業中と表示があり、中に入るのだが、販売店の佇まいはない。中に入って所にガラスケースがあり、商品が並んでいた。ワサビの葉を求めたが、既に売り切れたそうだ。収穫期も終わったとのことで今年は手に入らなかった。醤油漬けを一瓶求めた。

     

    ☆薬膳「めぐり」

     

     同じ敷地のはずれに「めぐり」という店があった。食事や喫茶で、パンも販売している店だ。休憩のために中に入ると、意外な人に出会った。

     

     ひと目見てお互いに気付く。その方は、関金町で町おこしのために、農家を中心に取り組んでいる民泊と事務局を務めている方だった。

     「この店をやっておられたのですか。」と驚きを隠さず、偶然の出会いを歓迎した。少し、今年度の民泊受け入れの話をしてあられを紹介する。本来は、あられもこれまでに会合に出席して、この方を知っているはずだが、忘れていた。

     

     気に入ったのは、支払いを長男が受け持ったのだが、支払い方法でPAYPAYが可能だったことだ。鳥取の田舎では、多くの店がまだ取り組んでいない。今日は、最新の手段で支払いが出来たことを特に長男が喜んだ。まあ、民泊推進の中心的立場の方は、導入済みというのも当然と言えば当然だろう。

     

     視察としての印象は、担い手が商店主を中心にしたものだということ。わが町ではそういう気運すらない。商工会は何もしていない。しかし、高齢化とマンネリ化は今後の課題だろう。

     個人的には、多くの人達と言葉を交わした。知人にも出会い、再訪できるような店も見つけた。付加価値が付いたと思う。

     

     帰宅してからは寒さに震えながら、休息の居眠りに陥った。その後も降り続いて、田の耕起がいつぃ出来るか危ぶむ。あられが言った。随分前のことだが、5月の連休辺りに慌てて耕起を行っていたという記憶がある、と。昔からそういうことなのか。タケ

    | レジャー・探訪 | 17:02 | comments(0) | - | - |
    関金町「つつじ温泉祭り」
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       2019.4.14(日)雨。雨が降り続く寒い日になった。昨日はいろいろ考えていた。だが、今日の天気を考えれば、仕事は何をする気も失った。今日は日曜日だ。家族で雨の中、関金町へ出かけることにした。

       

      ☆公民館の清掃

       

       あらかじめあられからプレッシャーを受けていた。公民館主事で、班長の私が我が家の代表で出ればよい、と。これまで清掃作業には出たことがないのに、と面倒臭がった。だが、腹をくくってあられと一緒に出掛けた。7時半開始の処、7時過ぎに集落の公民館へ向かった。それには理由があった。早めにやって来るおばあさんがいるからだ。

       

       公民館に到着して、ゴミ袋を広げていると、あられが言った。「帰ったら。二人も出たら何と言われるか。」本音はそういうことだった。

       帰り道、これから出かける同じ班の人達とすれ違った。

       

      ☆関金「つつじ温泉祭り」

       

       同町が町興しで行っている、町民を挙げての祭りだ。中山間地で山が多い。そこには、濃いピンク色の山つつじが開花していた。庭などに咲くつつじより時期が早い。指定された2か所以外の温泉は無料で入浴できる。雨だが、町民の取り組み状況を個人的に視察する意味で出かけた。

       現地に早めに到着すると、人では少なく、閑散としていた。路地のあちこちで店を広げるテントも、雨天で鈍った客足を反映していた。

       

       露店などで出されていたものは、多くが一般的な祭りで出るメニューで、それらを扱うのが若者たちだった。季節の食材を使った古くからのメニューは町内の婦人部などだが、高齢化でおばあさんばかりだ。

       

      ☆健康相談

       

       露店などを見て回るが、あまり興味を引くものはなかった。尿意を催して、トイレを探す。ある建物で健康相談をやっていた。鳥取短大が行っていたものだ。トイレを使った後、かなり強く請われて応じることになった。家族3人が応じた。

       

       このところ、検診で計測する血圧がかなり高く出る。いつものことだ。今日は、その中でもかなり高く、血圧計での計測の意味を疑うような数字だった。この点が嫌だった。

       骨密度やその他項目は問題が無かった。体重を測るときに冗談を言った。着の身着のままで計り、1キロをマイナスする。「携帯も財布も車のキーも持っているから2キロをマイナスした方が良い。財布は重い。硬貨が多いから。」相手にされなかった。

       

      ☆山菜弁当

       

       傘をさして歩き回るうちに腹が減って来た。11時頃だったが、ある店に飛び込んで、山菜弁当なるものを注文した。筍ご飯に山菜の天ぷらだった。汁付きで、碗の中には削ったウドが入っていた。てんぷらは、ウドやフキノトウ、ユキノシタなどなどだ。

       

       店の人と話をする。祭りの運営は、主に商店を経営する家庭のお婆さん方だ。農家はいないと言われた。関金町の歴史や、最近の街の様子、ワサビの販売店などを聞き込む。

       

      ☆入湯

       

       食後しばらく歩いて近くの旅館へ向かった。入口に入ると旅館の主人が手で風呂の場所を案内した。祭りの客は無料だった。

       

       長男と二人で男湯に入ると、先客があった。3人のおじいさんだった。湯船に浸かって話をする。倉吉市内からの客で、毎年音連れているとのことだった。その方の話では、最近は店の数も減っているそうだ。過疎化が進行する中ではそんなものだろうと思う。

       

       湯の主成分はカルシウムだと説明されていた。要は塩分だろう。ラジウムも少し含まれているようだ。湯加減は熱めだった。先の血圧のことがチラついて、急に不安になった。だが、特に問題は起きなかった。

       

      ☆ワサビの店

       

       あちこちで聞いてその店にやって来た。入口に営業中と表示があり、中に入るのだが、販売店の佇まいはない。中に入って所にガラスケースがあり、商品が並んでいた。ワサビの葉を求めたが、既に売り切れたそうだ。収穫期も終わったとのことで今年は手に入らなかった。醤油漬けを一瓶求めた。

       

      ☆薬膳食堂「めぐり」

       

       同じ敷地のはずれに「めぐり」という店があった。食事や喫茶で、パンも販売している店だ。休憩のために中に入ると、意外な人に出会った。

       

       ひと目見てお互いに気付く。その方は、関金町で町おこしのために、農家を中心に取り組んでいる民泊と事務局を務めている方だった。

       「この店をやっておられたのですか。」と驚きを隠さず、偶然の出会いを歓迎した。少し、今年度の民泊受け入れの話をしてあられを紹介する。本来は、あられもこれまでに会合に出席して、この方を知っているはずだが、忘れていた。

       

       気に入ったのは、支払いを長男が受け持ったのだが、支払い方法でPAYPAYが可能だったことだ。鳥取の田舎では、多くの店がまだ取り組んでいない。今日は、最新の手段で支払いが出来たことを特に長男が喜んだ。まあ、民泊推進の中心的立場の方は、導入済みというのも当然と言えば当然だろう。

       

       視察としての印象は、担い手が商店主を中心にしたものだということ。わが町ではそういう気運すらない。商工会は何もしていない。しかし、高齢化とマンネリ化は今後の課題だろう。

       個人的には、多くの人達と言葉を交わした。知人にも出会い、再訪できるような店も見つけた。付加価値が付いたと思う。

       

       帰宅してからは寒さに震えながら、休息の居眠りに陥った。その後も降り続いて、田の耕起がいつぃ出来るか危ぶむ。あられが言った。随分前のことだが、5月の連休辺りに慌てて耕起を行っていたという記憶がある、と。昔からそういうことなのか。タケ

      | レジャー・探訪 | 07:01 | comments(0) | - | - |
      地域作り視察研修会
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         2019.3.14(木)雨のち晴れ。明け方から雨になった。ところが、今日の目的地である島根県雲南市へ向かう道中、天気は回復して晴れになった。当地の日中の天気は分からない。帰着頃は曇り空だった。昨日から冷え込みが厳しく、出発に際しては着込んで寒さに備えた。訪問先では、中山間地であり気温が低く、昨日に降った雪が溶けずに残っていた。だが、バスの中や屋内では蒸し暑くなった。

         

        ☆雲南市へ

         

         何故雲南市かと言えば、この地域では10数年前の広域合併時から、現在の体制に切り替えて、以後様々な紆余曲折を経て成功事例となっていたからだ。全国的にもモデル地区として注目されて、視察訪問が絶えない。

         わが町も将来的に高齢化や人口減少が懸念されている。一方、地域として求められている防災や福祉面の改善取り組みはあまり進んでいない。地域づくりは行政だけでなく、地域住民にとっても不可欠な取り組みになっており、早期の検討着手が求められている。そういう観点で、役場の企画財政課が企画した視察研修だった。一般住民への募集と自由参加のため、参加希望者が果たして地域づくりにどれほど貢献できるか、疑問を感じながらの参加だった。観光で終わらないかという懸念だ。

         

         我が家ではあられと私の二人が参加した。私には、明確に課題意識がある。わが町のように動きの進まない場合にどういう手法が考えられるか、そのヒントを得たいと考えた。参加者は30名に及んだ。町のバス2台に分乗した。顔ぶれは、ほぼ高齢者で、平日暇な人達だ。果たしてこれらの人達が町興しの発想を持っているだろうか。観光ではないのだが、と訝る。

         

        ☆雲南市

         

         面積が553.2k㎣でわが町の約10倍の面積だ。市全体が中山間地域で、全域で過疎指定を受けている。そうした現実に危機感を抱き、H16年の合併に伴って町づくり運動を展開した。合併前の6町村が現在は小学校区単位でまとまり、30の小規模多機能自治組織を構成している。

         

        ☆小規模多機能自治

         

         地域内のことを「自ら考え、実行する」組織で、そうしたことで、地域主体で公共の福祉を担う。行政とも共働し、済みよい地域の形成を図る。

         人口減少による影響は大きい。財政麺は勿論、人材も枯渇して行政機能が果たせなくなる。それを住民が自立して、自分たちに直接係る事項は自分たちで解決する仕組みを考えたということだ。行政と自治組織は補完し合って運営される。役場が公助を担い、自治会が自助を担う。小規模多機能自治組織は、自治会と役場の間で「互助共助」の役割を担う。

         

        ☆新市いきいき会

         

         30の自治組織の一つで、「新市いきいき会」の代表から会の説明を受けた。面積は30の組織の中で最も狭く、1㎢未満だ。人口が560名で、神話で有名なやまたのおろち伝説の地だ。この中に5自治会が含まれる。

         説明は、市役所との契約関係、運営上の資金的な面、取り組んでいる事業などについて詳細に亘った。注目したのが、この地域の自治組織の立ち上げが雲南市で最後だったこと、その理由が、元々まとまりが無くなりつつあった地域の反発が強く、組織化までに2年を要した。組織の運営が軌道に乗るまで更に2年を要したそうだ。この会の事例こそがわが町の姿に当てはまるかもしれないと感じた。

         

         説明の後で質疑に移り、私が発言した。わが町のように行政力が弱く、危機感の足りない地域ではどのような取り組みが相応しいかを問う。「難しい問題です。」とその方は同調されるとともに、「出来るところから取り組んで、その影響が周囲に波及するやり方が良いかもしれない。」と言及された。

         組織がまとまる難しさをっ体験された方の発言だった。これまで、抜本的な貝か鵜呑み想定していたため、実現性で行き詰まり感を抱いていたのだが、足元から、出来ることに絞って進めていく方法は、地味で時間が掛かるが効果的かも知れない、という気にさせられた。自治会内での合意形成と取組開始だ。

         

        ☆交流センター

         

         研修会場が新市いきいき会の交流センターだ。交流センターは、各自治会の上層部に位置する公民館だ。かなりの部分で行政の資金補助が得られる。自治組織内の交流や福祉の拠点になっている。運営は常勤と非常勤の職員で行わる、センターが独自に雇用している。人件費や維持管理費用は行政からの補助金で賄われている。常勤の会長の下には、各自治会代表者が副会長として就く。

         

        ☆山里かふぇ「はしまん」

         

         研修の後、バスで古民家を利用した農家レストランに向かった。全員で定食を頂くが、まさに地元野菜ばかりで精進料理のようだった。恐らく、日ごろは住民が集う場所になっているのだろう。

         町並みは、道路が全て石材を敷き詰めた整然とした観光地だった。人気がない。それだけに、住民の意識が高くなっているのか、出会う人ごとに挨拶される。

         

        ☆菅谷たたら山内

         

         昼食後、40分ほどバスで走る。雲南市の中ほどから南端まで走ったことになる。到着したのは、松江の名士、田部家がかつて財を成したたたら場だった。日本で唯一現存する約170年前の「高殿」の見学だった。

         昨秋、伝統工芸展で松江市を訪れたとき、ついでに田部美術館に寄った。その田部家だ。巨大な板葺きの建物の中に高殿が残されていた。建物の梁も太い。表面が土で塗り固められて、熱対策が取られていた。熱を考慮すれば、梁が高くならざるを得ない。

         ガイドの方の説明を聞く。砂鉄と炭を入れる高殿には、両側に送風用の管が何本も通されている。それらは一本の太い筒に集められ、その先は地面に潜っていた。近くを流れる川に設置した水車の力で、地下に埋設された管を経由して送風される仕組みだと聞く。3日3晩溶かし続けるそうだ。火の色を観ながら送風をコントロールする番が二人、6人体制で1時間ずつ交代するそうだ。高殿の周りには、3日間の作業に間に一休みするスペースが設けられ、それらは、役によって区分されている。

         ここで集合写真を撮影した。近くに巨大な桂の木があった。樹齢200年というが、当地ではたたら製鉄と縁が深い樹木だというが、、、、。

         

        ☆波多交流センター

         

         たたら山内からまたバスに乗って走る。最後の訪問地は、波多交流センターだ。30組織の中で最も深刻だと思われる地域だった。人口が309人で、面積が25.72㎢だ。高齢化率が52.22%で限界集落化している。このなかに16の自治会が含まれる。機能しなくなってもおかしくない。

         この地域では、過疎化の進行で最後のスーパーマーケットが撤退して、地域内での生活物資の購入が出来なくなったことが協議会立ち上げのきっかけになった。従って、雲南市への合併とは直接関係がない。

         

         この組織の「地域づくりビジョン」は、重点課題を5項目に絞った。)漂辧↓買い物、8鯆漫↓せ唆函↓ジ鯲だ。,蓮⊇嗣吋ードを作成して避難訓練と防災研修を実施、体制整備を行う。△蓮交流センター内にマイクロスーパーなるマーケットを併設して、背一括物資の販売を行う。3は、「たすけ愛号」という車で送迎をおこなう。電話予約で、無料サービスを行っている。ドライバーは、交流センターの常勤職員が交代で対応している。い蓮地域内にある温泉の活用とEM石鹸作りだ。石鹸はまだ商品化が出来ていないそうだ。

         

         石鹸には面白い話があった。何故石鹸作りに取り組んだ背景は、下水未整備地区で排出される米のとぎ汁を出さない取り組みを思案した結果だという。米のとぎ汁があ、EM菌の活性剤になるそうだ。そこから、廃油を使って石鹸作りに着手したという。

         温泉には、宿泊設備が無かった。そこで私が民泊推進を考えてはどうかと提案した。だが、そこまでは住民の協力が得られないようだ。

         イ蓮△海譴らの課題で、過疎化の進行を食い止めるための方策を協議中だそうだ。地元出身者に協議会報を送付して寄付を募る取り組みを実施中という。IターンやUターンを期待する狙いもある。

         協議会の副会長さんから熱のこもった説明を聞くにつれて、何とか限界集落に活気を取り戻そうとする熱意と努力を感じるのだった。我々が、のんびりと日々を過ごしているような気がしてならない。

         

         行きも帰りも2時間、途中の山間地の移動も2時間ほどで合計6時間バスに揺られた。研修では2時間半ほど熱弁に耳を傾け、メモを取る。かなり疲れて帰宅した。夜、ブログにまとめる気力は湧かなかった。タケ 

        | レジャー・探訪 | 10:40 | comments(0) | - | - |
        同期をもてなす
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           2019.1.25(金)晴れのち雨。近年もないような穏やかな夜明けだった。日中も寒さは緩く行楽日和だった。

           定刻に目覚める。酔いは残っていなかった。だが、少々寝不足だ。

           昨夜のことだ。早めに床に就き、眠り込んだ後夜中に物音などで目が開いた。8人が一部屋に詰め込まれて眠り環境は、現実にはあり得ないものだ。というのは、いびきの何重奏になるか分かったものではない。丁度目覚めた時、一人また一人とリレーでもするように声色の違う鼾が響き続いていることに気付いた。再び眠りに就くまでにしばらく時間が掛かった。

           

          ☆朝食

           

           8時というかなり遅い時刻設定で、それに合わせて起床することになった。7時過ぎまで横になっていた。それも、倉吉市内向けの無料送迎バスの時刻に合わせたものだ。焦点は、10時が開店時刻だからやむを得ない。

           

           バイキング形式の朝食でも、来鳥の面々はにぎやかにはしゃいで、周囲のお客さんの迷惑を意識せざるを得なかった。日常生活、特に家族相手の生活ではありえない姿というのが一致した考えで、同期の仲間とこうして旅をするからこその反応だとも。昨日と今日で、家族との会話の3年分をしゃべったという話も出た。

           

          ☆二十世紀梨資料館(なしっこ館)へ

           

           わが県の特産品である二十世紀梨の資料館だ。規模も、内容も優れたもので、是非とも体験してもらいたかった。試食コーナーから、世界の梨の見本、それにわが県での栽培の歴史の開設動画を鑑賞して恐らくこれが最初で最後の学習をした。

           

          ☆白壁土蔵群と赤瓦地区へ

           

           倉吉観光の目玉であるエリアに案内した。地方都市のひなびた風情を味わうものだが、古希辺りの年寄りには歩き回るのが間違いなく良い。更に、土産店で私が鳥取県の特産などを案内した。

           珍しいことがあった。このエリアの一角に一軒のケーキ店があった。そこの店主の奥さんが、実は私や、今回の面々にはある知人の方の娘さんだった。今年頂いた年賀状で、それらのことが手書きされていた。そのうちに訪れる積りでいたところ、やって来た同期と散策する途中にその店に行き当たったのだった。勿論そうした背景を踏まえて店で働いていた娘さんに挨拶をした。

           

          ☆同期を送る

           

           旅館のバスが迎えにやって来た。私はここでアッシーの任を終えて帰宅する。一人一人と握手をして再会を約した。

           時刻はまだ午後の早い時刻だった。我が家への帰途を急ぐ間に雨が降り始めた。

           

           帰宅すると、疲れがどってでた。あられや長男と暖を取るうち、深い深い居眠りをするのだった。かなり疲れていた。だが、久々にまたもう一つの親交を深めることができた。明日から雪模様だという。今度の予報は果たしてどうなるか。今日のハイライトは、その後に判明した貴景勝の勝利だった。タケ

          | レジャー・探訪 | 21:41 | comments(0) | - | - |
          同期入社の仲間を迎える
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             2019.1.24(木)晴れ。今日は、午後に関西から来客を迎える。天気予報は雪マークで、冷え込みが懸念された。来客の宿泊地が三朝温泉で、観光の目玉になる三徳山投げ入れ堂までの登山は取りやめたが、山佛寺まででも厳しい状況にならないかと気遣う。

             

            ☆八朔の収穫

             

             午前中は暇があった。昨日に作品展の搬入を終えていたからだ。時間の経過を待ちながら、思いついたのが八朔の収穫だった。昨日に懸念した天候は、予報に相違して好天に恵まれた。その中を長男とともに畑に出かけた。ハウスカーにコンテナを積み、高ばさみを持参した。低いところは剪定用のはさみを使う。

             時間はあまりかからなかった。途中であられもやってきて生ごみを処理した。

             自棄的にはまだ早いのだが、蕗が自生するエリアを眺める。フキノトウは流石に早すぎた。イチジクの木を観察すると、かなりキクイムシにやられていることが分かった。木の中心部が既に空洞になっていた。虫が入る前に殺虫剤を塗っておく必要があった。

             

            ☆同期の到着を待つ

             

             到着時刻が午後1時40分過ぎで、自宅を12時45分に出かけた。明らかに早すぎた。尤も、乗客が少ない時は途中の乗車駅を通過するから、早めに到着する可能性はあった。

             旅館の係に訳を話して、一人ロビーの予約席で待つ。茶菓子と昆布茶の振る舞いを受けた。待つ間、用事を思い出して2,3の相手に電話を架けた。それでも時間を持て余して、一階フロアーを散策した。

             気付いたことがある。ガラスのショウケースに陶芸作品が収められていた。何と、その中にあの生田和孝氏の作品が3点認められた。皿と花瓶とコーヒーカップだ。入手経路が知りたい、と思う。

             

             そして、到着時刻になると、玄関に出る。丁度バスが旅館に向かって到着した。下車してくる7人の面々の、何とリラックスした面持ちを見て道中に問題が無かったことを知った。

             

            ☆三徳山三佛寺

             

             チェックインした後はすぐに三徳山へ出かけた。私のアクセラで2往復して参拝口へ運んだ。山道には路肩に雪が残る。好天とともに、一度積もった雪が溶けていた。

             登山口から、石段を登る。1段が高く、上るうちに足が疲れた。入山料を支払うと、厄除けなるお札をくれた。

             

             参道の途中に宿坊があった。そこの方に入り口でたまたま顔を合わせて、暫く話を聞かされた。三朝の三大温泉の名前とか、投げ入れ堂への登山道の途中にある地蔵堂が樹幹に覗ける場所だとか。昭和19年生まれといわれるその方は、極めて饒舌にそれらを語った。

             

             石段をそこから100段ほど登ったところで、三徳山三佛寺に到着した。売店や本堂、さらに宝物殿を散策して下山した。

             

            ☆変貌した石仏

             

             5,6年より以前のことだろうか。ここを訪れて宝物殿の前にある石仏を撮影した。笑顔のような表情が魅力的だった。今日それを探すが、全体を深い苔にびっしり覆われてその姿が望めない様子だった。苔はまた取り払えば良いのだが、余りの変貌した姿に唖然とした。

             

            ☆投げ入れ堂揺拝所

             

             参拝口から少し上ったところに揺拝所があった。望遠鏡もあったが、目視でも投げ入れ堂が十分に眺めることが出来た。ただ、間に伸びたヒノキなどの梢が少し邪魔になった。それは伐採などして遮るもののない状態にしなくてはならない。

             

            ☆旅館で

             

             しばしここで投げ入れ堂を遠望した後は旅館に戻った。恒例の卓球大会だ。8名でトーナメント形式の競技を行った。下手を自認する私だが、どういう訳か3位になった。

             

             ラジウム温泉に入浴後、7時よりの夕食では、飲み放題プランを選び、大いに飲んだ。とにかく陽気な面々と飲む酒は意図せず酒量が進んだ。

             その後も2次会で部屋に戻ってまた飲む。何時頃か自覚せずに、それでも私は皆より早めに床に就いた。酔いの力で、眠りに就くのは早かった。タケ

             

            | レジャー・探訪 | 21:06 | comments(0) | - | - |