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タケとあられのブログ

リタイアした夫婦が、郷里の片田舎で両親の世話をしながら、農業や自治会の仕事に追われ、ゆとりがあるはずだった生活に揉まれながら諦めずに趣味に拘り、二人三脚で生き方を模索する、、、そういう記録を発信します。
「信仰心あつく穏やかな最期」
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     4月22日の朝、母が新聞を置いて、投稿が載ったと言う。そうか、何時の間にか出していた。一つ前は、内容を気にして私に相談した。その時は、無残にも即座に却下したのだった。見せればまた却下されると思ったのか、今度は黙って投稿した。

    「信仰心あつく、穏やかな最期」

     100歳に近かった主人は2月20日、穏やかに天国へ旅立った。仕事には熱心であったが、日常の生活はわがままでごう慢であった。しかし、神仏への信仰心は人一倍持っていた。毎朝時間を決めて神仏を拝み、お経を唱えて拝んでいた。

     病む期間も長くなかった。眠るだけで苦しみもなく、手間も余りかからない病人であった。嫁に洗い物の世話を忙しくしてもらっていたが、隣の私の友人いわく「ご主人は神仏のおかげと思う。いいあんばいにお天気もよし、恵まれている」と。
     考えてみれば、葬儀の日も好天気で、七日、七日も好天気。四十九日も晴れで、この日は和尚さんにお経を上げてもらい、親族一同食事場所へ移動した。

     この日野お客一同は和気あいあいと話が弾み、心地良い見送りであった。主人は今頃、極楽浄土を散歩して美しい花でも眺めていると思う。
     人の常識として神仏を礼拝することは当然である。健康で生を受けている私は、感謝の心を持って日々を送りたいと思っている。


     こういうことだが、本人談では新聞社に結構修正されているという。それは我々には分からない。本人のみぞ知る。修正されるのが嫌なら事前に私に見せることだな、と注文をつける。

     父の信仰心については、私はそのように思わない。若い頃から父は合理主義者だと思っていた。ただ、神頼みは結構あったように思う。父が毎日神仏を拝むのは、毎日の生活にけじめ(格好)をつけようということだと思う。仏の教えや神々のことはある程度理解していたとは思うが、生き方そのものはあくまで唯我独尊だった。日課に位置づけていたに過ぎない。

     投稿した母こそ信仰心が薄い。そういう母から見れば信仰心が厚いということになろう。生真面目で常に潔癖でありたいと思う母は、自己執着が強く神仏の教えに染まらない。ことわざや格言、戒めなどにも疎い。
     そういう母が、こういう内容で投稿したのが不思議だが、往々にして人は近い親族を失って信仰に目覚める。思い出に浸るだけかもしれない。そういう私は果たしてその気になるかどうか疑わしい。タケ
    | 日本海新聞「やまびこ」投稿 | 07:37 | comments(0) | - | - |
    母の投稿、確定申告の計算
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       2015.2.11(水)晴れ。最低気温と日中の気温差が大きい。春に向かうこの頃の特徴らしい。予定のない日は朝寝坊するようになった。未明の寒さに、あと少し、あと少しの気持ちが働く。


      ○確定申告の計算を済ませる

       先日、早くも年金機構から再交付分の源泉徴収票が届く。山への出動を午後に回し、申告票の控えを作成した。収入・支出項目が少なく、空欄が多い。農業所得と支出が計算済みで、説明書にそって計算すれば簡単に結論が出た。幾らかは返金されることが分かった。控えの記入のみで止めた。


      ○梨の剪定

       今頃何故かといえば、古い赤梨5,6本は元組合長宅でも栽培をされず放置された様子で、私も取り敢えず後回しにしていた。
       午後1時出発して2時間作業に従事した。徒長枝がびっしり伸びてただ切る事を考えた。古くなった枝が更新されたのか、何本も枯れていた。それらの枝を整理すると、無意識に次の候補を探したりして思いの外時間がかかる。完了しなかった。4本の剪定を終えて5本目の途中まで。


      ○母の投稿

       さて、今日の本題はこの事だった。
       昨日、木工で指導者の一人が削りの途中で言われた。私の母は元気だと。何のことかと聞けば、その日の日本海新聞に投稿が乗っていたという。

       全く気づかなかった。私は日経新聞を見ており、日本海新聞はお悔やみ欄くらいだ。母はといえば、朝食時はまだ見ていなかったようだ。

       投稿内容から、母がまだ元気だと感じる方が多いだと思う。あられが母に、お母さんはまだ元気だとみんなが思いますよ、という。母は、そこまでの意識は無かったようだが、言われてそんなものかと思ったようだ。では、その内容を。


      「先ごろ、公民館で作品展が開かれた。毎年見学へ行っているが、今年も行きたいなあと思っていた。歩いて行くのも大変だが、長男が気を利かせて車で運んでくれた。手押し車も載せて。

       ゆっくりと隅から隅まで回る。出品者の方は、私とは年齢差も大きく、知人の氏名も少なくなってきているが、腕前も上達されていて、ただただ感心するのみだった。

       特に私の気持ちを捉えたのは、出品物の台置き、機織りの布地であった。3人ほどの出品物がこの台置きの上に飾ってあり、私はしばらく立ち止まって眺めた。
       私も若いとき、合わせ羽二重、木綿などいろいろ手がけていて、今も道具は全部残っている。横糸を考え、柄を作れば良い作品ができると感じた。

       2,3枚作ってみたいという欲望が出てきた。生花、陶芸、木工細工などを飾ると見栄えがするだろうとの思いで眺めた。
       例年ならば会場で知人とも会い、話も尽きない程だったが、会期の終わりだったせいか会う人も少なかった。
       けれど私の頭の中には台置きの織物についての考えでいっぱいであった。」


       「毎年見学に、、、」という辺りは意欲的に感じさせる。「見物」が適当だと思う。単に言葉の選択の問題だと思う。
       ただ、全体の記述を見れば、開会式に連れて行けばよかったかなと反省させられた。タケ
       
      | 日本海新聞「やまびこ」投稿 | 08:31 | comments(0) | - | - |
      果物を「チン」甘さびっくり
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         11月4日、またまた母の投稿が日本海新聞に載った。

         ひと頃、やたら農作業に関わって、夕食時もなかなか帰って来なかったり、突然行方不明になったりで安否に気をもむ局面もあった。そういうとき、年令を考えてのんびり新聞の投稿原稿でも考えたらどうか、等と言っていた。

         それでかどうか分からないが、いつの間にか投稿していた。その時点で投稿したと言えば良いのにと言うと、載るかどうかが分からないと言う。では、その内容を。


        『 果物を「チン」 甘さびっくり 』

        「私は現在、食欲があり嫌いなものは一つもない。嫁さんの料理が美味しく食べられ、元気で細々と野菜作りに精を出している。

         家の近くに小さなビワの木があり、本年は例年より数多く実が付いていた。私は「これは、、、」と思い、袋をかけた。その甲斐あって大きく美しい実がなり、仕事の合間とか休憩時間に少しずつほかの果物と共に食べた。

         ところがその後、胃腸の具合が悪くなった。さてはビワとほかのものとの食い合せが悪かったかなと思い、家で養生したが良くならない。特に果物を食べるのが不安な感じだった。
         私は考えた。これから好きな果物ができるのに残念でたまらない。

         火に当てて食べてみようかと私の提案。
         梨を細く切り、電子レンジで3分間(量によって違う。)結果は、実は軟らかく液はびっくりするほど甘い。よくもこれだけ糖分を蓄えたものと思い感心した。
         木から生まれ、花を咲かせ一人前に太るまでたくさんの糖分を蓄えるとは、、、、。

         柿も同様である。私の胃腸の具合も元通りになり、元気で働いてくれるようになった。」


         昨日の新聞は読んだか?これが合図だった。いや、呼んでいない。既に原稿は切り取られ保管されていた。切り取りを受け取って読む。

         なかなか素直にコメントしない。「今回はやけに地味な内容だなあ。訴えるものが感じられない。」褒め言葉は言わない。

         聞けば、毎回テーマが与えられるそうだ。読者はそれを知らない。そして、今回は落ちがあった。原稿のタイトルは編集段階で変えられてるという。編集者の判断だが、最初はどういう題だったかと聞くが、それは言わなかった。タケ
        | 日本海新聞「やまびこ」投稿 | 09:16 | comments(0) | - | - |
        「緑のカーテン、食と目で堪能」
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           2014年9月7日の「やまびこ」欄に掲載された。

           当日朝のことだ、梨の収穫を控え腹ごしらえをしている時、母が、忙しい時だがちょっと話したいことがあると言い出した。
           私が、なにか農作業の依頼事か?と問い返すと、もっと先に載るかと思ったが今度の分は早くなって、、、、と口ごもる。
           何のこと、そしてピンときた。そうか新聞にまた載ったのか。いつ原稿を送ったんだ。

           こういうやり取りから始まった。では、その内容を紹介する。

          「季節の移ろいも早いもので、はや9月。わが家は、定年退職して長男夫婦が戻ってくれて4年めくらいになるが、初夏のある日、町の放送で緑のカーテン講習の案内があり、嫁の○○さん(あられのこと)が早速申し込み、当日は早々に受講した。

           帰る早々、準備万端整えて栽培に励んだ。講習会場で2本、近所の知人から2本、計4本から栽培がスタート。太い茎が伸び、濃緑色の葉はみるみるうちに大きな葉となった。その茂った中からぶらりぶらりと実が下がっている。

           十分な涼しさを味わい、○○さんのゴーヤのつくだ煮のおいしさ、また色鮮やかなズッキーニとの別料理などの味も堪能した。

           8月下旬から、黄色い葉がちらほら見え出し、少し寂しくなった私。声なき会話が始まった。
           酷暑の夏、涼風を受け、目で楽しみ、食もおいしい。「待っているから来年も来てね。」と黄色くなった残花が言う。
           私は「作者(栽培者)次第で、また来年もよろしく」「おばあさんこそ、体に気を付けてまた会いましょう」と声なき会話で別れた。」


           読み終わり、あられは生まれて初めて実名が紙面に載った戸惑いを隠さず。その後の会合などで、投稿に絡んで何人か声が掛かったそうだ。

           私が、この分だと来年も緑のカーテンが要る。つくだ煮も、と茶化す。
           更に、ゴーヤの栽培は梨に比べたら簡単なものだぞ。しかし、実子のことを、趣味の農業と言われている梨栽培のことを投稿すれば、ずいぶん嫌味に受け取られるだろうな。嫁がゴーヤをというくらいが世間体も程々ということか、などとからかった。

           帰郷して今年で5年目になる。何年目になるかわからなくなって迷い、最初は3年くらいと思ったそうだ。

           先回投稿分が掲載された時、母はそのことを黙っていた。気恥ずかしいから、と。すぐに言ってくれとその時釘を差した。だから、今回は言ってくれたのだが気恥ずかしさは変わっていない。

           名前を載せるときは、事前に相談した方がいいぞとまた念を押した。タケ
          | 日本海新聞「やまびこ」投稿 | 07:30 | comments(0) | - | - |
          「知恵授かる心 歳を重ねても」
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             7月30日、今年3回目の投稿が掲載された。その朝、母は私にそのことを言わなかった。早朝からあることで、良い評価をされないと言い出せなかったようだ。
             では、それを紹介する。


            「知恵授かる心 歳を重ねても」

            「小学性の頃、今習うこと、例えば漢字などを覚えておけば、一生不自由せずに書けるとの思いがあり、子供心に一生懸命勉強したことをこの間の事のように思い出す。けれどつい最近まで知っていたのにと思う字も、今は書けない字がある。辞書を手元から話せない。

             若いとき、読書が好きで夜更かししてでも読んでいたが、仕事の疲れで続かない。老人になっても腹いっぱい読もうという心持ちはあったが、いざ時が来てみれば、その気持は遠ざかり影も見えない。私は考える。どうにかして、少しでも回復しようと。

             現在日記を詳しく書いている。与えられた箇所いっぱいに字を埋める。また早朝、新聞を受け取り、一面下の海潮音を真っ先に読む。知恵を授かり知識をもらう。字の練習、文章の仕組みなど、新聞は師であり友である。

             今の世はありがたい。いろいろの講座が設けられている。転倒予防教室、いきいきサロン。認知症講演会。進んで会合にも出て行く。人の中に出れば、良い話も聞ける。歳を重ねると少々のことでもおろそかにすることは良くないと感じる。」



             読後、率直に感想を言った。扇子を貰ったという話より(先回)随分まとまっている。いいんじゃないか、と。家族だから、目的でもなければそれ程ヨイショはしない。我が家は皆がそういう感じだ。だから言い出しにくいのか。

             封書の82円やはがきの52円をしっかり理解しろよ、と言いたい気持ちもある。家庭内では外から部分的に垣間見えるというようなものではない。日々の様々な出来事に霞んでしまう。だから言い出しにくかったのか。タケ
            | 日本海新聞「やまびこ」投稿 | 07:59 | comments(0) | - | - |